the Blink
第一章
それは六月のよく晴れた日だった。
小さな雲が空のあちらこちらにポツン、ポツンと水玉を描くようにあって、だけどそれらは太陽の光全てを遮る事はなく、むしろ日差しはいつもより少し強く感じるくらいだった。

カナはいつものように、8時に起きて顔を洗った。
家の近くを走る沿線の電車の音がリズムを刻むように右から左へと流れていった。
台所では母親の咲子が手際良く朝食の準備を済ませ、食卓に並び終えようとしていた。

「カナー!起きてるのぉ?早く食べちゃってねー!」
「…あぁ、うん…」

顔を洗った後もまだ目が覚め切らないカナは独り言のようにそう呟いた。
爽やかな初夏の朝、カナは鏡に映る自分の瞳を見つめ、そしてすぐに逸らすと両手で顔を擦った。

その時、廊下から慌ただしい足音がした。
「カナ!いるんだったら返事くらいしなさいよー…ったく…」
「っるさいなー…」

カナがリビングに向かう途中、階段の天窓から太陽の光が差し込み真っ直ぐにカナの目を射した。カナは思わず両目をギュッと瞑り、少しだけ眩暈がした。

咲子は食卓に素早く朝食を並べ終えるとエプロンを外し、電話機の棚の前にある小さな鏡で口紅だけ直しながらカナへ言った。

「今晩、所長達と新規の報告がてら食事してくるから少し遅くなりそうなのよ。悪いけど、これで夜何か食べておいてねー」

そう言うと机の上に千円置いた。

カナの両親はカナがまだ幼い頃、父親の浮気が原因で離婚しそれからは咲子が保険会社に勤めながら、女手一つでカナを育てていた。
カナは去年の春、地元の公立高校を卒業した。
小さな頃から苦労する咲子の姿を間近で見ていたので小学校に上がる頃には「早くお母さんを楽にしてあげなきゃ…」
いつもそう思っていた。
ただ高卒で当然だけど大学に行くような経済状況ではなく、とりわけ働きたい場所でもなかったが地元のスーパーに就職しレジの仕事をしていた。

「ナ…カナ!…カーナッ!」

カナがふと我に返ると、咲子の顔が目の前にあってカナは驚き咄嗟に上体を後ろに下げた。

「ちょっとー聞いてるのぉ?母さん行ってくるからね!カナも遅れないようにね!ガスと戸締りだけお願いっ!」

そう言い残すと慌ただしく玄関へ向かい出かけて行った。

「今日は休みだよ…」

カナはまた小さく呟いた。
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