the Blink

ちょうど太陽の光が頭の真上から照らす頃、カナは簡単に着替えを済ませ自転車に跨っていた。

「何なの、この天気…」

カナはその光に目を細め小さく舌打ちした。
カナは昔から太陽が苦手だった。小さい頃から日焼けすると黒くはならず真っ赤になり、クラスの男子に「ゆでだこ」とあだ名を付けられては馬鹿にされていた。それが嫌で水泳の授業は仮病を使ってよく休んだものだった。
太陽の光を裂くようにカナは思い切りペダルを漕ぎ始めた。
六月の梅雨の晴れ間、こんな日は真夏の猛暑日よりも暑く感じる。カナは特別急いでいるわけではなかったが、その光を出来るだけ浴びていたくなくていつもよりも早くペダルを漕いだ。
澄んだ爽やかな風を切り進んでいたが、それでも少し汗ばんだ。

何分くらいだろう？
いつもなら15分くらいほど掛かる市営植物園に着いた。
自転車を停めると遠くでカナを呼ぶ声が聞こえた。この植物園で働く圭介だった。

「おーい！カナー！」

圭介とは幼馴染みと言うか、まぁ同じ地区に同じ歳の子供が二人しかいなかったから地区のお祭りとか、清掃活動なんかをよく二人ペアになってさせられる事が多く、しかも何故だか幼稚園から高校まで同じ学校、同じクラスという事もあり小学生の頃は他の男子に混じってカナをおちょくったりしていたが成長した今ではカナの良き理解者として親しくしていた。
ただ別に付き合っているわけではなかった。
と、言うより圭介と付き合うなんて今更考えもつかないことだった。

「おはよ」
「おう！お前何？今日休み？」
「うん、まぁね」

「ほぉ…それで今日もまた歌いに来たんだ？」

圭介はわざと目を細めてニヤつきながら言った。

「っるさいな！別にどうだっていいでしょ！っていうかさ！圭介私が歌ってんの実際見たことないじゃん！どうせ高橋さんか誰かに聞いたんでしょ？」
「いやな（笑）いつか見てやんだよ！絶対見てやんの（笑）」

圭介は少しは鼻で笑うと、意地悪な笑顔を浮かべながらカナの頭を軽く小突いた。カナはその手を交わそうとしたが指先だけ頭に触れた。

「ほらっ！学生一枚！」

カナは先程咲子から預かった千円札を乱暴に差し出した。

「おいおい！お前さ、いつまで学生で入る気なんだよ！」
「別にいいじゃん！みんな私のこと知ってんだし、でも誰も怒らないじゃん！ほら！千円から！」

カナは券売所の奥に座るベテラン従業員の小林さんに目配せしながら言った。
小林さんはいつも笑顔でカナの目配せに応えてくれる。

「…こんなとこでケチってどうすんだよ…へっ！」

そんな風に言いながらも圭介はどこか嬉しそうだった。

チケットの半券を受け取るとカナは急いで入場ゲートをくぐり抜けたが「あ！」と何か思い出したかのようにすぐゲートへ引き返した。

「ねぇ！圭介！誰もいないでしょ？」
「んぁ？あぁ…俺、今日昼からだから…分からんねぇけど、平日だし朝から来る暇人なんていねぇだろ（笑）」

今度は圭介が小林さんに目配せをした。
小林さんは壁に掛かった時計を見上げると、小さく頷いた。

「…ってことは誰もいないんだよね？ね？」

カナは念を押した。念を押さなければならなかった。
この植物園に来るのはには理由(ワケ)があったからだ。

カナは駄目押しでもう一度圭介に確認をして、駆け足で入って行った。

入場ゲートの方に向かって吹く風を切るように走り去るカナ。圭介はそれを優しい笑顔で見送った。