吐き出す愛


「今日はどのようなご要望でしょうか?」

「えっと、毛先を少し切って、あとは全体的にすいてください」

「かしこまりました。ではさっそく、始めていきますね」


 女性美容師さんは私の髪の一部をクリップで纏めると、霧吹きで濡らした内側の方から毛先を切り始めた。

 シャキンシャキンというハサミの刃が擦れる音が鳴る。
 店内には控えめにクラシックが流れていて、時折男性美容師さんとお客さんの談笑がそれを掻き消す。

 隣のお客さんは、まだ夢の中だ。


「お客さん、学生さんですか?」


 落ち着いた柔らかい声に気付いて、鏡を見る。
 女性美容師さんが、嫌味のない笑みを私に向けていた。


「はい。大学生です」

「そう。この辺りって、一人暮らしの学生さんが多いのよね。あなたもそうなのかしら?」

「はい」

「偉いわねー。わたし、一人暮らしはしたことがないから尊敬するわ」


 程よい会話と笑みを絶やさぬまま、女性美容師さんは手際よく手を動かしていく。

 偉いと言われても、私にはその言葉がしっくりこなくて。曖昧な笑みしか返すことが出来ない。

 いくら一人暮らしをして親元を離れ、少しは自立したつもりでも。中身はまだまだ、子供のまま。

 そんな私よりも、手に職をつけている美容師さんの方がずっと偉いような気がした。


 後ろ髪を切り終えたらしく、美容師さんが右側に移動して切り始める。

 細長い指先によって、髪の毛がさらりと揺れた。


「お客さん、全然髪の毛傷んでなくて綺麗ですねー。何かお手入れ頑張ってるの?」

「いえ、特に何も……。むしろ自分では、結構傷んでると思ってたんですけど」

「えー! こんなの全然傷んだうちに入りませんよ! こんなに艶があるなんて羨ましいぐらいです!」


 鏡には大袈裟に驚いた横顔が映る。
 そのあまりにも派手なリアクションに、ついついくすっと笑ってしまった。


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