吐き出す愛


 美容師さんは羨ましいと口走ったけど、素人の私から見ると十分彼女も艶のある髪の毛だった。

 美容師さんが動くたびに、サイドで1つに結わえている茶髪の束が照明に照らされて光っている。


「髪の毛って、伸ばせば伸ばすほど傷みやすくなるでしょう? だからロングのときってきちんと手入れをしないとダメージが大きいんですけど、あなたの髪の毛はとても綺麗よ。お客さんが思っているよりも、ずっとね!」

「……ありがとう、ございます」


 にっこりと笑みを向けられながら聞く褒め言葉は、何だかやけに照れ臭かった。くすぐったい感情が、全身に伝わる。

 そのせいでお礼の言葉は、途切れてしまっていた。


 ……そういえば、これで2人目だ。私の髪の毛を褒めてくれた人は。


『佳乃ちゃんって、綺麗な髪してるよな』

『でも佳乃ちゃん、今よりも長い方が似合ってるよ』


 本当に、どうしようもない。些細なことでさえ、彼の言葉を覚えているのだから。

 中学校を卒業してから今日まで、私はショートにすることを避けてきた。

 気が付いたら、伸ばしていて。
 ショートにする前の髪型を保つようにしていた。

 ――彼が褒めてくれた、ロングの姿になるために。


 馬鹿みたい。

 唇はその言葉の形を辿るけど、漏れたのは微かな吐息だけ。
 おかげで美容師さんにも、気付かれた様子はなかった。

 シャキン……、シャキン。

 不規則に側で響く音。
 髪の毛をすいてもらうためだけにヘアサロンを訪れては、何度も聞いてきたその音。

 これを聞くたびに、何度言おうとして留まってきたことだろう。


 “ショートにしてください”


 たったその一言を、言いたかった。

 彼の言葉に翻弄されて伸ばした髪は、15歳の心で支えるには重すぎて。未熟な20歳には、あまりにも不釣り合いで。
 だから、取り払ってしまいたかった。

 それなのに……。


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