吐き出す愛
そんなお店の事情を把握したところで、一度閉じられていた奥の扉が再び開く。
そこから現れた人物に、私は見覚えがあった。
「お待たせしましたー」
軽い調子の声と、へらっと笑った顔。
こっちを見据えた色素の薄い瞳。
レジカウンターに向かって歩いてくる人物に、探していた彼の影が重なる。
特徴が一致した瞬間……心が震えた。
「……佳乃、ちゃん……?」
――そんな、どうして。
どうしてこの人が今、私の前に現れるの?
今まで一度だって、地元でもすれ違う機会さえなかったのに……。
信じられない思いで固まる私とは違って、目の前の人物の方が反応が早かった。
私の存在を認識した彼は、戸惑いながらも間違いなく私の名前を呼ぶ。
久しぶりに聞いた響きは、あの頃と何一つ変わっていない。
動揺して頭の回転は鈍っていたけど、その変化がないことだけには無駄に敏感で。
胸の隙間が、どうしようもないぐらい疼いた。
「あっ、有川くん……」
いざ探していた本人を目の前にすると、何を言えばいいのか分からなかった。
彼の存在を確認するように名前を呼んだだけで、その続きが出てこない。
それは彼も同じようで、現れたときに見せた営業スマイルを失って固まっていた。
……でも、確かに有川くんなんだ。
あの頃よりも更に明るくなった茶髪は伸び、片側に寄せるようにセットされて。
私を見下ろす視線は高くなり、顔は少年っぽさが抜けて大人びているけれど。
それでも、私を見る薄茶色の瞳も、名前を呼ぶ声も、ちっとも変わっていない。
探していた影が宿る彼は――確かに、有川くんだった。