吐き出す愛
一瞬だけ訪れる不穏な空気。
でも機転をきかせた智香子さんによって、すぐに取り払われた。
「……もう、智也のケチ! ごめんね、佳乃ちゃん。しつこくしちゃって。また良かったら今度、遊びに来てね。お客さんとしてじゃなくても、来てくれたら歓迎するから」
「はっ、はい……。ありがとうございます」
「こちらこそ。ご来店ありがとうございました」
愛嬌のある笑顔を私に向けたあと、会計を有川くんに任せて智香子さんは自分の持ち場に戻っていった。
うわ、何か気まずい……。
有川くんのさっきの苛立った声と不機嫌な表情が印象的で、俯いたままそう思った。
怒ってるの……かな?
私と、再会したから?
そうであってもおかしくはない。
最後の日に関わらないでと言って突き放してきた相手が、いきなり目の前に現れるんだもん。
有川くんが不機嫌になっても、それはしょうがないよね。
「お荷物、こちらでよろしいでしょうか?」
「……えっ?」
有川くんの聞き慣れない改まった話し方に驚いて、思わず顔を上げた。
見ると、レジの横の棚に並べて置かれているカバンの一つを指差している。それは来店したときに預けてあった、私のカバンだった。
「あっ……、それで、あってます」
絞り出した声は、思いの外小さくなる。
だって、今、すごく距離を感じて。それで、戸惑ってしまったんだ。
目にした有川くんの表情にはもう不機嫌さは消えていたけど、代わりに浮かべられた笑みがとてもよそよそしかったから……。
その表情も、さっきの話し方も。
完全に、お客さんに対して向けられたものだった。
私と有川くんの今の状況はまさにその通りなのだから、別にそういう接し方でも間違いではない。むしろ、それが正しいんだ。
だけど……。