吐き出す愛






 とっておきの場所こと公園の高台に着いたのは、午後6時半を過ぎた頃だった。

 部屋着から着替えてそれなりに身なりを整えていたら、案外手間取ってしまったんだ。

 日はほぼ沈んでいるとはいえ、辺りの空気は昼間の熱を孕んだままで。
 いくら高台に続く階段が木々に覆われていて影の中にあると言っても、急いで駆け上がれば嫌でも汗が噴き出してくる。

 身支度に費やしたあの時間も、これじゃあほぼ無駄だよね……。

 階段の上で時間を確認しながら、そんな思いで自分に呆れた。

 それでも汗をハンドタオルで軽く押さえて、慌てて奥に進む。


 以前、有川くんと初めてのデートで訪れた高台の展望スペース。

 あのときは辺りが真っ暗で歩きにくかったけど、今は薄暗いとはいえそれほどでもない。

 そんな、明瞭とも言い切ることが出来ない曖昧な視界の向こう。
 展望台の柵の手前に立っている人物の後ろ姿だけは、やけにクリアに確認することが出来た。

 口が自然と、彼の名前を呼ぶ。


「――有川くん!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。
 もちろん呼ばれた本人はそれ以上に驚いた素振りで振り返る。

 何だか、さっき部屋で電話に驚いていた私と似た反応だった。

 目を丸くしていた有川くんが破顔一笑する。


「佳乃ちゃん、来てくれたんだ」

「有川くんが来てって頼んだんでしょう?」


 心底嬉しそうな有川くんに呆れながら、すぐ隣まで歩いていく。


「いや、だってさ。とっておきの場所のこと、忘れてるかもってあとから心配になって……」


 私の顔を見たあと、自信を失った声でそう言う。

 一方的に電話を終わらせた人の台詞としては不似合いで、思わず声を漏らして笑ってしまった。

 それからきょとんとしている有川くんを安心させるように、目を合わせて微笑む。


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