吐き出す愛


 でもうぶで付き合うのも俺が初めてである佳乃ちゃんには、こんな些細な変化にすらも不慣れで緊張してしまうらしい。
 前の癖で呼び方を間違いそうになりつつもきちんと俺の名前を呼び、はにかみながら上目遣いで俺を見る姿は、とても愛らしいものだった。

 目が合い、胸の奥がどくんと強く鳴る。

 佳乃ちゃんを目の前にしてすっかり浮かれていた俺の頭から、ここが成人式会場で周りに人が大勢居ることもすっかり抜け落ちた。

 そっと華奢な手を引き寄せると、髪をアップにして露になっている小さな耳に、彼女にだけ聞こえるような声を息を吹き込むように囁いた。


「……佳乃、振り袖姿すげー可愛い。今すぐここから抜け出して独り占めしたい」


 呼び方を変えたのは、彼女だけじゃない。俺も少しずつ、呼び捨てにするようにした。

 だけど、いつもそう呼ぶわけではない。佳乃ちゃんのことが好きだなあ、愛しいなと思うときに、その名前を呼ぶようにしている。

 “好き”も“愛してる”もいつでも好きなときに素直に言えばいいのかもしれない。
 だけどそれだと年中無休で言い続けることになりそうだし、逆に伝えすぎて嘘くさい感じに思われそうで嫌だから、ここぞというときに呼び名に変化をもたらすことで伝えることにしたんだ。

 遠回しすぎて分かりにくいかもしれないけど、これが俺なりの愛情表現だ。


「も、もう! 今から式だって始まるのに、そんなの無理でしょ……!」


 俺の言葉にたちまち顔を赤く染めながら、佳乃ちゃんは俺と距離を取ろうとする。

 だけど俺は握った手を放さないように指を絡めて、恥ずかしそうに俯いた顔を覗き込んで意地悪く笑った。


「じゃあ、式が終わったら独り占めしていい?」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないよ! ばかぁ!」


 先程にも増して真っ赤な顔になりながら、ぽこっと俺の胸板を叩いて押してきた。

 俺の彼女は本当にからかい甲斐がある。


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