吐き出す愛
だけど有川くんは、諦めようとはしなかった。
今までちょくちょく授業をサボっていた人とは思えない真面目っぷりで、彼にとっては理解しがたい文字列に向き合っていた。
ときには学習スペースに備え付けの英和辞典、そして私を頼りながら、ノートに訳した文字を連ねていく。
そんな真摯な姿勢を見ていたからこそ、余計に自分の勉強よりも有川くんに教えることを優先していた。自分が勉強に誘ったからっていう、責任感からではない気持ちで。
でもこっそり、普段から勉強しておけば苦労しなかったのに……って思ったのは、内緒だけどね。
「何かさ、英語ってめんどくせえよな。1つの単語に複数の意味があるなんて」
ノートに向けていた顔を上げると、有川くんは辞典をパラパラと捲っていた。
「佳乃ちゃんもさ、思わねえ? 1つの単語に1つの意味しかなかったら分かりやすいのにって」
同意を求められるけど、素直に頷けなかった。むしろ私は、逆の意見だったから。
「それは……どうかな。1つの単語に1つの意味しかないんだったら、今よりたくさんの単語があることになっちゃうよ? それを全部覚えなくちゃいけない方が、余計大変になると思う」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどさー。でもやっぱ、いちいちややこしいよなあ。だって例えばさ、同じような日本語の意味でも英語だと別の単語が使われたりするし」
「……ん? どういうこと?」
意味が分からなくて首を傾げると、有川くんは自分のノートの隅に何かを書いた。
シャーペンの先が濃い色で連ねたのは、“like”と“love”の2つの英単語。
横並びの文字に視線を向けたまま、有川くんは説明を始める。