「涙流れる時に」
4 愛妻
仕事に恋人。牧村は男としては順調な毎日を送っていた。

深夜帰宅するも、愛妻は寝ずに待っていた。

「お帰り」

牧村美弥 34歳。 純真無垢な専業主婦。

「美弥を一生愛します。」

そう誓ってから5年は経っていた。

出会った頃の美弥はとてもピュアで繊細で、

その上、しっかり家庭を守ってくれそうな印象だった。実際もすごくよく努めてくれる。

だから家事は一切妻に任せて、男は外で頑張れるんだ。

牧村は、るみ子と付き合ってからも

美弥への愛は変わらなかった。

「るみ子は今頃一人か・・・」時折、自宅でも、るみ子を想ってしまう自分がいた。

「明日から旅行でしょ?」

「そうだな。」

美弥は久々の夫婦旅行に胸を躍らせていた。

「でも、おまえ、大丈夫なのか・・・?」牧村は美弥をいつも気遣っていた。

「うん。最近調子はいいし・・・」

美弥という女の現実は実際、理想とは違っていた。

美弥は家が好きなわけでもなく・・・

きちんとした専業主婦でもなく・・・

外に出られない・・・極度のパニック障害に陥っていた。

ただ、夫の帰りを待つしかない女。牧村はそれを承知で結婚した。もう5年も共に苦しんできた。

子供もいなければ、今後も難しと牧村は考えていた。「一生、夫婦2人だけでもいいか・・・」

美弥は恭平がいないと生きてはいけない。唯一の理解者であり心の支えであったから。

「もう、寝よう。」寝室に並べられた薬の袋

これを見るたびに恭平は心が痛む。


「あいつさえいなければ。」


恭平は今でも美弥の事件を思い出す。

結婚を決めたのも美弥のため。美弥を守りたかったから。

7年前の夏・・・美弥は強姦された。

美弥を強姦したヤツは同級生で、自分の親友だった。

振り返ると、壮絶だった・・・。そいつはもうこの世にはいない。

残されたのは被害者の美弥だけ。

「僕しかいない」美弥の心の傷を治す必要があった。

それでも生きていかなければいけないから。「共に・・・」そんな同情から

いつしか愛情へと変わっていった。

週末が始まる朝・・・いつもより早起きして

恭平と美弥は温泉街へ旅立った。美弥は昔から温泉が大好きで、医師からも勧められていた。

「ありがとう。あなた」美弥は束の間の旅行を楽しんでくれていて

恭平は心からホッとする。

「旅行中の3日間はメールも電話も出来ないからね・・・」るみ子にはそう言い聞かせてきたのだ。

「夫婦で旅行なんて。何よ。」るみ子の罵倒は心痛かったけど・・・。

それでも、ふと、るみ子と離れると・・・自然と、美弥との旅行に没頭できた。

「お風呂行ってくるね。」美弥は浴衣に着替え浴場へ向かった。

「いってらっしゃい。」

妻を見送り窓から外を眺めると宿からも湯畑のけむりが見えていた。
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