「涙流れる時に」
「今日も逢えない?残業ってことで。」

牧村は、るみ子のために出来る限りスケジュールを調整していた。

「るみ子が欲しい」牧村はそう言っては、るみ子と恋人として独占し始めていた。

忙しさの中で・・・

それでも、るみ子との時間は学生時代の延長みたいで、楽しい瞬間は多々ある。

だいぶ年は離れていたけど、好きな文学について語り合ったり

大学時代のあの木に2人で行く約束もしていた。

そして何より、るみ子は自分に一途な女なのが愛おしくてたまらない。

「好きだよ」

牧村の心にスッと入ってきたるみ子。それを運命的だと牧村は思い込んでいた・・・。

一方・・・るみ子は若さゆえに遠慮がない。

「今夜も逢いたい・・・」

逢いたいなら「逢いたい」って平気で言ってしまう。

寂しい時も・・・眠れない時も

るみ子は既婚者である牧村を普通の独身男性と同じ感覚で付き合ってしまっていた・・・

「なんか幸せ~」はしゃぐるみ子に、「そうだね・・・」牧村は、そう、あいづちするしかなかった。

肌を重ねる快感は牧村を溺れさせる。

「可愛くって放っておけないよ・・・」牧村は、るみ子を胸に抱き寄せてはいつもそう囁く。

「じゃあ・・・ずっと一緒ね。離さないでよ。私の事・・・」

甘い時間と現実の狭間で、

「ダメだ。」・・・・

牧村はふと我に返る瞬間も、しばしばあった。

そして残酷にも、るみ子に告げてしまう。るみ子の感情が高まれば、高まるほどそれを抑えるかのように、

「妻とは・・・別れられないんだ・・・」

「わかってるよ。」・・・

いつもの沈黙。

「ごめん・・・」この瞬間だけはいつも時間が止まったような絶望感で。

付き合い始めてから牧村はそう言っては、若いるみ子を悲しませた。
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