さみしがりやのホットミルク
「お母さんね、病気になって、ずっと入院してたんだけど……自分がもうあまり長くないことをわかってたのか、あたしたちにいろんな話してくれたの」

「………」

「弟には、『女の子にはやさしくしなきゃダメよ!』って、叩き込んで。お父さんには、『どんなに仕事が忙しくても、子どもたちと接する時間はちゃんと作りなさい』って」

「……あんたには?」



そう訊ねた俺に、彼女はイタズラっぽく笑う。



「あのね。あたしには、『料理はちゃんとがんばらないと、男にすぐ逃げられちゃうんだからね!』、だってさ」



言いながら、ふふっと口元に片手をやる彼女に。

思わず、つられて小さく笑みが浮かんだ。



「……いい母さんだな」

「うん、大好きなの。あとね、これはみんなに言ってたことなんだけど……『いつも笑顔でいれば、自然と良いことも寄ってくるよ』って」

「………」

「これね、あたしの人生におけるスローガン。おかげで、『暗い』なんて言われたこと、1度もないからねー」



そう言ってにこにこ、やっぱり彼女は笑ってみせるけど。



「──、」



誰がその明るい笑顔の下に、母親を亡くした悲しみを押し込めていたことに、気付いていただろう。

何度その笑顔で、涙を隠してきたのだろう。

彼女の笑顔の理由は、とても健気で、とても切ない。

でも、だからこそ──こんなにも、人の心をあたたかく、包んでくれるのかもしれない。
< 17 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop