折れない花
千秋との出会い
人生なんて努力次第。
高校に入ったばかりの真穂にとって、
それが唯一の信念だった。
ニュースや新聞を見れば不穏な話題ばかり。
でもそんな大人の事情より、真穂にはよっぽど大切なことがあった。
もうすぐクラス替えがある真穂は、学校からあらかじめ配布された2年生からのクラス名簿を必死に読みふけっていた。
小学校からエスカレーター式の私立に中学校から入った真穂にとって、
この学校ではいかに自分の「社会的地位」を築くことがどれだけ大切か、身にしみて分かっていた。
名簿にあ行から記載された名前の羅列を、
ひとつひとつ指でなぞっては、顔を思い出していく。
気になった名前を鉛筆でチェックしていく。
あんまり派手のこはさすがにいきなり仲良くなれなそうだし、かといって地味なグループに属してしまえば、
この学校では認めてもらえない。
そんなことを考えて悶々としている中、自分の出席番号のすぐ隣、森川千秋、の名前が目にとまった。
真穂はバスケ部に属していて、男子バスケ部のマネージャーの千秋とは、なんとなく面識があった。
特に話したことはないけれど、共通の話題もあってフランクでサバサバした千秋とは仲良くなれそうな予感がしていて、
それが、自分の人生にこんなにも影響を与えるとは思ってもいなかったけれど。
真穂の学校には独特の文化があった。
どこの学校でもそういうところはあるのかもしれないけれど、
いわゆる「人気者集団」と、「そうでない人たち」。
真穂は、それが嫌いだった。
人の価値はそんなものじゃない。
だけどそれが受け入れられないことを、真穂はよく知っていた。
小学校の時、真穂は苛められっこだった。
理由は真穂にもあると思っていた。
母親が入院し、寂しかった真穂は、取り付かれたように勉強に打ち込み、今思えばそれが真穂の逃げ道だったのかもしれない。
勉強は、真穂にとって楽しかった。
頑張れば頑張るだけ結果が出て、誉めてもらえる。
複雑な人間関係よりよっぽど単純で、ただそれだけで嬉しかった。
けれどそれが、結果としてより真穂をより孤独にした。
元々ドジで天然気質な真穂にとって、勉強ができるということは、クラスメイトからしたら鼻につく、恰好のいじめ対象だったのだろう。
それでも真穂は実は特に恨んでもいなかった。
傷ついても笑っていた。
笑っていれば、誰かを傷つけることもない。
悪気がないのも分かっていたし、
でも本当には、やめて欲しい、という勇気もなかったのかもしれない。
ただ、どうしたら本当の友達になってくれるのだろう、そればかり考えていた。
真穂は、ただ、頑張ったら友達になってくれるかもしれないと思っていた。
けれど受験を終えて、真穂に残ったのは、教師からの賞賛と、変わらない孤独だった。
真穂にとって、それはただ、、、
寂しいだけだった。
厳しかった受験を終え、
中学に入って、真穂は心底ほっとしていた。
ここには、わたしより当たり前に勉強のできる人がたくさんいて、やっとこれから、孤独から解放されると思った。
両親のすすめでテニス部に入り、新しい生活にワクワクしていた。
けれどそこに待っていたのは、新しいヒエラルキーの世界だった。
この学校のヒエラルキーは、勉強とはまた別の世界。
美人であったり、話が面白かったり、それ以外にも女子特有の、「グループ」の存在。
真穂が求めていた「友人」ではなく、どのグループに属するかで、価値を決められてしまう。
そして、またいじめは起こっていた。
トイレにいくことすら一緒でなくてはならない、他のグループの女子と仲良くすれば非難される。
真穂は心底うんざりしていた。
真穂は、いじめられている女子を見ていて、胸がしめつけられるような思いでいた。
彼女は目立たない存在だったけれど、いじめられるような悪いことをする人間とは思えなかった。
さりげなく話しかけ、一緒に行動しようとすると、「なんであんなことするの?」と非難されることも、真穂には理解できなかった。
そして、、、結局、真穂には何も変えられなかった。
彼女を、助けられなかった。
ただ空回るばかり。和に入れてあげることもできなかった。
わたしひとりそばにいて、彼女の何かが変わることがないことも分かっていた。
だってわたしには、この学校で、まだ力がないのだもの。
何も、、、変えられなかった。
真穂は、決めていた。
高校に入ったら、わたしが人気者になろう。
そうしたら、この学校では、誰もわたしのすることに、非難することはなくなるだろう。
いじめられている、寂しいこだって、周りの和に入れられる。
そうしなければ、何も変えられないんだ。
わたしは、知っている。
だから真穂にとって、このクラス替えは、最重要事項だったのだ。
冬が過ぎ、桜が咲き乱れていた。4月。
緊張と不安が入り混じった、クラス替え当日。
みんなが、それぞれの様子を伺っていた。
真穂にとってとても意外だったのは、
千秋が一番に真穂に話しかけてきたことだ。
それも、旧知の友人のようなあけすけさで。
すんなり駆け寄り、
「真穂ちゃん!バスケ部だよね?
あたし千秋!宜しくねー
てか次教室移動じゃん?一緒いこーよ。
理科室だるいよねー」
初対面であんまりにも自然な会話に、
真穂は面食らいながら、
そのまま自然に話が合った。
今思えば、千秋は昔から家庭環境も複雑で転校ばかりしてきて、人と付き合うのが誰より上手な人間だった。
「1年の時さ、真穂まじ可愛いなと思ってクラス違うけど全然知ってたよ。」
新手のナンパかと思うような語り口で千秋は続けた。
ただ、不思議と嫌悪感はなかった。
千秋は、当たり前のように一緒にいた。
いつも適当そうで、あけすけで、毒舌家で、
なのになんとなく、いつもそばにいた。
おっとりしていて、いつも何か話す前に言葉を選ぶ真穂とは正反対で、好き嫌いも激しければ愚痴も多く、それでいて壁を作らない、不思議な人間だった。
千秋といる時、真穂はホッとしていた。
千秋は口が悪いけれど、その毒舌は的を得ていて、誰かを傷つけるものではなかった。
当たり前のように一緒にいて、
クラスメイトからは、会って数日のうちから、「ずっと友達なんでしょ?」と言われていた。
千秋は男好きで、気に入った男子がいれば、真穂そっちのけで彼らの和へ入っていったが、
真穂は一向に気にならなかった。
千秋の、そうした奔放さも好きだった。
千秋は面白い人間だった。
「真穂とかそのまんまでモテんだよ!まじ有り得ない。あたしがモテるためにどんだけ頑張ってると思ってんだよ!」
千秋にとって、真穂は男子を惹きつけるための人寄せパンダのような存在だったのかもしれない。
でもそれすら、真穂は面白いと思っていた。
真穂にとって、千秋はそんなことより大切な存在になっていた。
真穂は、中学までずっと、「3人」で友達でいることが多かった。
2人で過ごす女子同士のつながりはよくわからなかったし、親友というものもよく分からずにいた。
きっと、、、そう思いながら、本当は憧れていた。
千秋は勉強が出来るのに、まるでやる気がなかった。
「真穂!あたし数学40点!」
「あたしこれからまじ勉強するから!一番前の席行くから!」
そう言っては、隣の席の男子と大声で話しては、先生に叱られていた。
今になって、千秋の破天荒な奔放さに、何故嫌にならなかったのか、よく分かる。
千秋は、誰より誤解されやすく、誰より優しい人間だった。
ある日、クラスメイトの父親が亡くなった。
噂は広まり、クラスメイトの女子は、彼の周りに涙こそ流さないながら、半分泣きそうな声で集まった。
「可哀想」「大丈夫?」
真穂は、何か違和感を覚えて、遠巻きに見ていた。
真穂が呆然と眺める中、気づくと千秋は隣にいた。
千秋は何と言うのだろう、同じように泣くのだろうかと思っていると、
あろうことか千秋の、激怒の声に驚いた。
千秋は、心底憤慨していた。
「なんにも分からないくせに、、、なんでああゆうことするんだろうね!?ああいう時はほっといてあげるしかないのにさ!」
千秋の激怒ぶりに驚き、ふと隣を見ると、
千秋は泣いていた。
怒りながら、声に出さず、誰より涙を流していた。
真穂は、その時、千秋を好きな理由が分かった気がした。
千秋は、誰より本当の痛みを知っているのだ。
知っているのに、わたしみたいに余計なことをしないのだ。
千秋の生い立ちを知ったのはもう少し先だったけれど、それが、わたしと千秋の恐らく本当の出会いだった。
高校に入ったばかりの真穂にとって、
それが唯一の信念だった。
ニュースや新聞を見れば不穏な話題ばかり。
でもそんな大人の事情より、真穂にはよっぽど大切なことがあった。
もうすぐクラス替えがある真穂は、学校からあらかじめ配布された2年生からのクラス名簿を必死に読みふけっていた。
小学校からエスカレーター式の私立に中学校から入った真穂にとって、
この学校ではいかに自分の「社会的地位」を築くことがどれだけ大切か、身にしみて分かっていた。
名簿にあ行から記載された名前の羅列を、
ひとつひとつ指でなぞっては、顔を思い出していく。
気になった名前を鉛筆でチェックしていく。
あんまり派手のこはさすがにいきなり仲良くなれなそうだし、かといって地味なグループに属してしまえば、
この学校では認めてもらえない。
そんなことを考えて悶々としている中、自分の出席番号のすぐ隣、森川千秋、の名前が目にとまった。
真穂はバスケ部に属していて、男子バスケ部のマネージャーの千秋とは、なんとなく面識があった。
特に話したことはないけれど、共通の話題もあってフランクでサバサバした千秋とは仲良くなれそうな予感がしていて、
それが、自分の人生にこんなにも影響を与えるとは思ってもいなかったけれど。
真穂の学校には独特の文化があった。
どこの学校でもそういうところはあるのかもしれないけれど、
いわゆる「人気者集団」と、「そうでない人たち」。
真穂は、それが嫌いだった。
人の価値はそんなものじゃない。
だけどそれが受け入れられないことを、真穂はよく知っていた。
小学校の時、真穂は苛められっこだった。
理由は真穂にもあると思っていた。
母親が入院し、寂しかった真穂は、取り付かれたように勉強に打ち込み、今思えばそれが真穂の逃げ道だったのかもしれない。
勉強は、真穂にとって楽しかった。
頑張れば頑張るだけ結果が出て、誉めてもらえる。
複雑な人間関係よりよっぽど単純で、ただそれだけで嬉しかった。
けれどそれが、結果としてより真穂をより孤独にした。
元々ドジで天然気質な真穂にとって、勉強ができるということは、クラスメイトからしたら鼻につく、恰好のいじめ対象だったのだろう。
それでも真穂は実は特に恨んでもいなかった。
傷ついても笑っていた。
笑っていれば、誰かを傷つけることもない。
悪気がないのも分かっていたし、
でも本当には、やめて欲しい、という勇気もなかったのかもしれない。
ただ、どうしたら本当の友達になってくれるのだろう、そればかり考えていた。
真穂は、ただ、頑張ったら友達になってくれるかもしれないと思っていた。
けれど受験を終えて、真穂に残ったのは、教師からの賞賛と、変わらない孤独だった。
真穂にとって、それはただ、、、
寂しいだけだった。
厳しかった受験を終え、
中学に入って、真穂は心底ほっとしていた。
ここには、わたしより当たり前に勉強のできる人がたくさんいて、やっとこれから、孤独から解放されると思った。
両親のすすめでテニス部に入り、新しい生活にワクワクしていた。
けれどそこに待っていたのは、新しいヒエラルキーの世界だった。
この学校のヒエラルキーは、勉強とはまた別の世界。
美人であったり、話が面白かったり、それ以外にも女子特有の、「グループ」の存在。
真穂が求めていた「友人」ではなく、どのグループに属するかで、価値を決められてしまう。
そして、またいじめは起こっていた。
トイレにいくことすら一緒でなくてはならない、他のグループの女子と仲良くすれば非難される。
真穂は心底うんざりしていた。
真穂は、いじめられている女子を見ていて、胸がしめつけられるような思いでいた。
彼女は目立たない存在だったけれど、いじめられるような悪いことをする人間とは思えなかった。
さりげなく話しかけ、一緒に行動しようとすると、「なんであんなことするの?」と非難されることも、真穂には理解できなかった。
そして、、、結局、真穂には何も変えられなかった。
彼女を、助けられなかった。
ただ空回るばかり。和に入れてあげることもできなかった。
わたしひとりそばにいて、彼女の何かが変わることがないことも分かっていた。
だってわたしには、この学校で、まだ力がないのだもの。
何も、、、変えられなかった。
真穂は、決めていた。
高校に入ったら、わたしが人気者になろう。
そうしたら、この学校では、誰もわたしのすることに、非難することはなくなるだろう。
いじめられている、寂しいこだって、周りの和に入れられる。
そうしなければ、何も変えられないんだ。
わたしは、知っている。
だから真穂にとって、このクラス替えは、最重要事項だったのだ。
冬が過ぎ、桜が咲き乱れていた。4月。
緊張と不安が入り混じった、クラス替え当日。
みんなが、それぞれの様子を伺っていた。
真穂にとってとても意外だったのは、
千秋が一番に真穂に話しかけてきたことだ。
それも、旧知の友人のようなあけすけさで。
すんなり駆け寄り、
「真穂ちゃん!バスケ部だよね?
あたし千秋!宜しくねー
てか次教室移動じゃん?一緒いこーよ。
理科室だるいよねー」
初対面であんまりにも自然な会話に、
真穂は面食らいながら、
そのまま自然に話が合った。
今思えば、千秋は昔から家庭環境も複雑で転校ばかりしてきて、人と付き合うのが誰より上手な人間だった。
「1年の時さ、真穂まじ可愛いなと思ってクラス違うけど全然知ってたよ。」
新手のナンパかと思うような語り口で千秋は続けた。
ただ、不思議と嫌悪感はなかった。
千秋は、当たり前のように一緒にいた。
いつも適当そうで、あけすけで、毒舌家で、
なのになんとなく、いつもそばにいた。
おっとりしていて、いつも何か話す前に言葉を選ぶ真穂とは正反対で、好き嫌いも激しければ愚痴も多く、それでいて壁を作らない、不思議な人間だった。
千秋といる時、真穂はホッとしていた。
千秋は口が悪いけれど、その毒舌は的を得ていて、誰かを傷つけるものではなかった。
当たり前のように一緒にいて、
クラスメイトからは、会って数日のうちから、「ずっと友達なんでしょ?」と言われていた。
千秋は男好きで、気に入った男子がいれば、真穂そっちのけで彼らの和へ入っていったが、
真穂は一向に気にならなかった。
千秋の、そうした奔放さも好きだった。
千秋は面白い人間だった。
「真穂とかそのまんまでモテんだよ!まじ有り得ない。あたしがモテるためにどんだけ頑張ってると思ってんだよ!」
千秋にとって、真穂は男子を惹きつけるための人寄せパンダのような存在だったのかもしれない。
でもそれすら、真穂は面白いと思っていた。
真穂にとって、千秋はそんなことより大切な存在になっていた。
真穂は、中学までずっと、「3人」で友達でいることが多かった。
2人で過ごす女子同士のつながりはよくわからなかったし、親友というものもよく分からずにいた。
きっと、、、そう思いながら、本当は憧れていた。
千秋は勉強が出来るのに、まるでやる気がなかった。
「真穂!あたし数学40点!」
「あたしこれからまじ勉強するから!一番前の席行くから!」
そう言っては、隣の席の男子と大声で話しては、先生に叱られていた。
今になって、千秋の破天荒な奔放さに、何故嫌にならなかったのか、よく分かる。
千秋は、誰より誤解されやすく、誰より優しい人間だった。
ある日、クラスメイトの父親が亡くなった。
噂は広まり、クラスメイトの女子は、彼の周りに涙こそ流さないながら、半分泣きそうな声で集まった。
「可哀想」「大丈夫?」
真穂は、何か違和感を覚えて、遠巻きに見ていた。
真穂が呆然と眺める中、気づくと千秋は隣にいた。
千秋は何と言うのだろう、同じように泣くのだろうかと思っていると、
あろうことか千秋の、激怒の声に驚いた。
千秋は、心底憤慨していた。
「なんにも分からないくせに、、、なんでああゆうことするんだろうね!?ああいう時はほっといてあげるしかないのにさ!」
千秋の激怒ぶりに驚き、ふと隣を見ると、
千秋は泣いていた。
怒りながら、声に出さず、誰より涙を流していた。
真穂は、その時、千秋を好きな理由が分かった気がした。
千秋は、誰より本当の痛みを知っているのだ。
知っているのに、わたしみたいに余計なことをしないのだ。
千秋の生い立ちを知ったのはもう少し先だったけれど、それが、わたしと千秋の恐らく本当の出会いだった。