ファインダーの向こう
(息苦しい……)


 沙樹は席を離れ、酒を飲みながら歓談している人ごみを掻い潜り、よろつく足で地上へ出た。


(なんか気分が悪い……)


 人の多さに酔ってしまったのか、空気の薄い地下室では目眩さえ感じる。


(とにかく逢坂さんに電話しないと……)


 沙樹は夜の冷たい空気で深呼吸してからひと目のつかない場所へ移動すると、つながるかわからない逢坂の携帯の番号を呼び出した。


 すると―――。


『なんだ』


「あ、逢坂さん!?」


 呼び出しコールが数回鳴ったところで、逢坂の無愛想な声が聞こえた。


『そんなに驚くことないだろ』


「驚きますよ、いつも電話にでないから。それより今どこにいますか?」


『お前の後ろ』


「え……?」


 その時、背後から聞こえてきた声と、携帯から聞こえた声が重なって、沙樹は咄嗟に振り向いた。


「あ、いさか……さん?」


 沙樹が小さくその名前を呟くように言うと、すっと闇の中から逢坂が姿を現した。


「お前、顔色悪いな」


「ど、どうしてここに?」


「それはこっちの台詞だ」


 逢坂は眉を顰めて心なしか怒っているように見えた。


「細かい話は後だ、とにかく時間がない」


「時間がない? どういうことですか?」


「R&Wにあと三十分でガサが入る、ここは非合法クラブだ」


 逢坂の言葉に沙樹の目が見開かれた。けれど、呆然としている場合ではない。沙樹は瞬きをして我に返った。


「ルミは……捕まえるんですね」


「……あぁ、もう裏は取れてるらしい。その前にこれをお前に渡しておく」


 逢坂がポケットから取り出したのは小さな機械のようなものだった。それは沙樹には見覚えのあるもので、逢坂が自分にさせようとしていることがわかって緊張が走った。


「これは……盗聴器?」


「ご名答。お前、今神山ルミと会ってるんだろ? だったら、それをテーブルの下に設置しろ、気づかれるんじゃないぞ」


「どうしてこんなものを……?」


 見上げた瞬間、逢坂の目がきらりと鈍く光り、沙樹は思わずぞっとした。今、逢坂が見えているものは自分の姿ではなく、その先に渦巻く闇の存在だった―――。
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