ファインダーの向こう
(私、また逢坂さんと……キス、したんだよね?)


 ルミのところへ戻る途中、沙樹はそんなことを考えながら店の中を歩いていた。


「ん?」


 ふと、店の隅へ視線を向けると、数人の黒服の男たちが忙しげに会話をしているのが目に入って、沙樹はなんとなく直感で胸にざわつきを覚えた。


「あ、沙樹ー! まだ話の途中なのにー」


「ごめん、ルミ」


(気のせい……かな)


 ルミの呼びかけに沙樹の中で過ぎった予感がかき消され、慌てて笑顔を作ると席に戻った。


(そうだ……)


 ちらりとルミの様子を盗み見ると、飲み物を頼もうとメニューに気を取られている。その隙に沙樹はテーブルの下に盗聴器をつけたが、その瞬間一抹の不安と多少の罪悪感が胸を掠めた。


 ―――神山をうまく誘導して、できるだけ里浦の情報を引き出して欲しい。


 先程から沙樹の脳裏に逢坂の言葉がぐるぐると回っていた。下手に聞き出そうとすれば怪しまれる。かと言って、なんの情報も聞き出せないとなると盗聴器の意味がない。


「沙樹? どうしたのそんな怖い顔して」


「え……?」


「ごめん、なんかさっき私が変なこと言っちゃったから気にしてる?」


 ルミが気まずそうに視線をずらすと、沙樹は首を振って否定する。


「違うの、なんだかこういう場所ってやっぱり慣れなくて……」


「とにかくさ、さっきからろくに飲んでないじゃない、これね……ここの特製カクテルなんだ」


 いつの間にテーブルに運ばれてきたのか、ルミがにっこり笑ってターコイズブルーのカクテルを沙樹に差し出した。小さな気泡がゆらゆらと揺れて思わず目が奪われてしまう。


「ありがとう」


 沙樹はそのグラスを手に取ってごくりと一口飲んだ。


「どう? 美味しい?」


「うん、さっぱりしてて美味しいね」


「……そう」


 沙樹は喉が渇いていたのか、冷たい喉越しにあっという間に飲み干してしまった。
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