ファインダーの向こう
第八章 誘惑の手

Chapter1

 ―――寿出版「peep」編集部。


「いや~沙樹ちゃん! 今回もよくやってくれたねぇ~編集長冥利に尽きる! うん」


 沙樹が出勤する早々、波多野がにこにこ顔で出迎えた。


 先日、逢坂から手渡された神山ルミの逮捕劇の写真をもとに、沙樹はルミとの会話をひとつひとつ思い出しながら記事を書いた。“渡瀬会”と里浦と神山の関係と、その裏で何が起きているのかという煽り文句が読者の興味を引きつけ、今週号は例年以上の売上になった。今や「peep」は週刊雑誌の代名詞になっている。


 最近では、神山ルミについて記事を書いたジャーナリストに直接取材を申込みたいと言ってくる記者もいて、沙樹は自分が記事を書いたと公表していないため、毎度のように来る問い合わせに辟易していた。


「でも、里浦もあれで逃げられたと思ったら大間違いだよねぇ、あんだけ大物俳優になっちゃえば、あのクラブが元里浦の店だったことなんてみんな知ってる。ほら、これ見てよ」


 波多野が口を歪めて他社の雑誌を開いて沙樹に見せた。そこには一面に里浦が記者会見で、摘発されたクラブとの関係性について弁明している写真だった。


(なにこれ……)


 自分には一切関係ないの一点張りで、クラブが違法だったことも知らなかったと記述されている。


 ―――隆治に足がつかないように私が身代わりになったの。


 その時、ルミの切なげな面持ちがフラッシュパックした。


(ルミは本気で里浦のことを愛してたんだ……。だから、あの時の言葉は全部嘘じゃない。それなのに―――)


 その女心につけこむようにして逃れた里浦を、沙樹は憎悪の目で記事を見下げた。


(この男……絶対に許せない)


「あ、あのー……沙樹ちゃん? 目が怖いよー?」


「あ……す、すみません」


 気がつくと沙樹は、雑誌の記事をくちゃくちゃに握り潰していた。慌てて皺を伸ばすと、気を取り直して仕事に取り掛かろうとしたその時。
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