ファインダーの向こう
 人には言えない出生のコンプレックスと父親の死の負い目を、今まで誰にも口にすることなくその重荷を一人で抱え込んできた逢坂に、沙樹は切なさと沸き起こる熱いものを感じずにはいられなかった。それは、自分でもコントロールできない感情―――。


(逢坂さん、私……)


「……き」


「え……?」


 見上げると、逢坂の漆黒の瞳に自分の姿が映っている。無意識に口が開いて―――。


「私、逢坂さんの事が―――」


「だめだ」


「っ……」


 沙樹は自分が言い出そうとしたその言葉に我に返って、冷水を浴びれせられたような感覚に陥った。


(わ、私……今なにを……)


 今まで自分を柔らかく見下ろしていた逢坂の瞳をもう一度見ると、その陰りを帯びた視線にチクリと胸が痛んだ。


「逢坂さん…ズルいですよ」


 自分でも驚く程、声が小刻みに震えている。瞳が濡れて溢れてくると、せき止めていた涙が頬を伝った。


「私を……私のこと、こんな気持ちにさせておいて……あんなのキスのうちに入らないって、自分に言い聞かせて……でも、あんなふうにされたら―――」


「……ごめん、今はそれしか言えない」


「うっ……っ、うぅ」


(最後まで私の気持ち、言わせてくれないなんて……)


 仕事が好きなのだと勝手に思い込んできた。けれど、恋をすると人は弱くなって脆くなってしまう。そんな自分になるのが嫌で、沙樹はずっと今まで恋愛には目を背けてきた。


(真実から逃げちゃだめなように、自分の気持ちにも逃げちゃだめ……私は、逢坂さんが好き、この気持ちは変わらない)


「逢坂さん、今度もう一度あのビルで……ううん、どこでもいい、いつか一緒に朝日の写真撮ってくれませんか?」


 食い下がるような自分を恥ずかしく思いつつも、沙樹は逢坂の腕の中でぽつりと言った。


「……あぁ」


「約束ですよ?」


「あぁ、約束だ」


 抱きしめられている腕は温かいのに、伝わる熱はどことなく冷たく、心が寂寥感で慟哭していた―――。
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