ファインダーの向こう
 この期に及んで縁起でもないことを言う波多野に、呆れて逢坂は小さくため息をついた。


「いつもみたいに最高の特ダネ待ってるから、とか言えないのかよ」


 逢坂は切れた携帯電話をポケットにねじ込んで、すやすやと寝ている沙樹の傍らに身を寄せた。雪のように白い肌に少し赤みがさしている。逢坂は無意識にその頭に手を伸ばして何度も撫で下ろすと、前髪が開けた沙樹の額に優しく口づけた。


「俺より先に好きとか言うなよ……」


 思わず我を忘れて沙樹の温かな唇を貪ってしまった。その柔らかさに、ぬくもりに思わず感情が漏れそうになった。今にも滴り落ちそうな想いをねじ伏せて、結局自分の気持ちを伝えなかった。闇の中にいる間は、そんな自分の気持ちを伝える資格などないと、あの時、冷静な理性に念を押されたような気分になった。


「くそ……」


 次第にやるせない感情に苛立ちを覚え、逢坂は雑念を振り切るようにコートを羽織った。そして、もう一度沙樹の寝顔を振り返ろうとその足を止めたが、結局そのまま部屋を出て行った―――。
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