ファインダーの向こう
(な、なんなのここ……)


 沙樹の目の前に建っているのは、以前オフィスだった名残のある廃屋ビルだった。薄暗くてあまり人通りもない場所に、沙樹は今すぐにでもここから立ち去りたい気分になった。けれど、すぐそばに逢坂がいる。沙樹は高まる焦燥感を抑えながら、正面玄関から入れないとわかると裏口に回った。


 散乱しているゴミを避けながら行くと、ほんの少しだけ空いているドアを見つけた。誰かが出入りした痕跡もある。


 中に入るとすぐに階段があった。沙樹はなんとなく階段を上がり、気がつけば十階まで無心に上り詰めていた。


 そして屋上へ繋がる重くて冷たい鉄のドアを開けると、冷たい風が吹いて沙樹はぶるりと身体を震わせた。


(あ……満月?)


 ここへ来るのに夢中だったため、沙樹は今夜が満月だったことに今更気がついた。満月の光に負けじと新宿の夜景が煌めいている。沙樹がその光景に放心していると、視線の先にぼんやりと人影が見えた。


(……逢坂、さん?)


 沙樹の声は言葉にならなかった。


 夜景に浮かび上がった人影が満月に照らし出され、その男の姿に息を呑んだ。
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