ファインダーの向こう
 夜空に溶け込むような漆黒の髪に、スラリとした長身で遠目でも端整な顔立ちをしているとわかる。そして口から細く吐き出された煙草の紫煙がゆらゆらと風に乗って揺れているのが微かに見えた。


 沙樹の気配に気づいているのか気づいていないのか、その男はじっと眼下に広がる夜景を見つめていた。


 沙樹は思わずその姿を写真に収めたくなって、無意識にバッグからカメラを取り出した。そして、ファインダーを覗き込んでピントを合わせようとした時だった。


「隠し撮りってのは、相手に気づかれたら隠し撮りじゃなくなるんだぜ?」


 ファインダーの向こうの男が、沙樹に向き直り、レンズを通して目が合った。


「あ……」


 沙樹は自分は一体何をしようとしていたのだろうかと我に返り、慌ててカメラをバッグにしまいこんだ。


「波多野さんが言ってた人って、あんた?」


 ポケットに手を入れながら、その男がおもむろに近づいて来ると沙樹は柄にもなく狼狽えてしまった。


「名前は?」


「倉野……沙樹です。あ、あの……逢坂透さんっていうのは―――」


「俺だけど?」


(この人が……)


 間近で逢坂を見た時、沙樹は夜の闇のような人だと思った。
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