ファインダーの向こう
 沙樹の人生で悔やみ事があるとすれば、父親に自分のウェディングドレス姿を見せてあげられなかったことだろう。


 沙樹の父親は沙樹と同様、ジャーナリストだった。ジャーナリストになる前は写真家としても活躍していたが、不慮の事故に巻き込まれて、沙樹が高校生の時に他界してしまった。父親の死については不明な点がいくつもあったが、その当時、何もできない自分は、時の流れとともに何度も忘れようと言い聞かせるしかなかった。



「ねぇ、お父さん……なんで死んじゃったのかな」


『沙樹……』


 同じ台詞を何度母親にぶつけたかわからない、母親が悲しそうな顔をする度に二度と父親の話題には触れないようにしようと決めていたはずなのに、沙樹はついぽろりとその言葉を漏らしてしまった。


「ごめん! 私、なんか寝起きで頭働いてないんだ。変なこと言っちゃった。気にしないでいいからね! うんうん、私も日々目を凝らしていい男いないか探してるから」


 わざとらしく空元気に明るい声を出して、沈みかけた雰囲気を持ち上げる。母親が電話の向こうで小さく笑う気配を感じると、適当な話題を振ってしばらく他愛のない話をした。


『じゃあ、また電話するから。今度はちゃんと電話に出るのよ』


「はいはい、わかった。じゃあね」


 携帯を切ると、母親の声と入れ替わりに街の喧騒が聞こえてきた。
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