ファインダーの向こう

Chapter2

 午前五時過ぎ―――。


 先程逢坂と渋谷で別れて、沙樹は一人山手線に乗っていた。


 窓の外はまだ薄暗い。車内には夜通し飲んだくれて帰宅する酔っ払いや、まるで家でのように大荷物を抱えた若い女性などが乗っていた。けれど、今の沙樹には他人のことを気にかける余裕などなかった。


 沙樹は自分の最寄駅ではなく、新宿駅で下車した。向かった先は西新宿。まだ、街が活動する前の西新宿はまだ眠っているようだった。沙樹は無心に西新宿のオフィス街を抜け、初めて逢坂とで会った廃屋ビルへたどり着いた。前回来た時は夜で、よく周りの背景がわからなかったが、昭和の匂いがこびりついた古臭い場所に変わりはなかった。


 屋上のドアを勢いよく開けると、ビュオっと冷たい風が吹き、ゆっくりと瞳を開けると一瞬逢坂の影が見えたような気がした。


「あ……」


 よく見ると、屋上の片隅に捨てられたものが虚しく風になびいているだけだった。


(なんだ……いるわけないのに……)


 一瞬でも逢坂ではないかと小さな期待をしてしまった自分に自嘲すると、沙樹は以前、逢坂が立っていた場所と同じところに立った。


(私、どうして写真撮れなかったんだろう……)


 以前、フリーカメラマンの新垣に仕事に対する自分の考え方を豪語したのを、ふと思い出した。


(仕事だからって割り切ってるつもりだったのに……いざとなったら、結局何もできなかった)


 シャッターに人差し指をかけながら、沙樹はあの時ルミのことを考えていた。小学生の時にいじめから守ってくれたルミ、気さくに話しかけてくれたルミ、芸能界でも頑張って欲しいと祈りながら、自分がしようとしていることは―――。


「はぁ……」


 そんなことあるはずがないと確信していたが、波多野の予想通りになってしまったことが悔しかった。


(でもこれで終わりじゃない……)


 ルミと里浦の浮気現場をこの目で見てしまった。浮気は事実だったのだ。自分はそれを世の中に伝える使命がある。



 その時―――。
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