ファインダーの向こう
「でもね、大方その写真は逢坂の後ろ襟に隠してあった小型カメラで撮ったものなんだろうけど、なんでターゲットに背を向けて撮らなきゃならなかったのかが気になっちゃってさ~沙樹ちゃんはその場にいたんでしょ?」


「そ、れは……」


 波多野の窺うような口調に、沙樹は平常心を保つのに精一杯だった。少しでも動いたら目が泳いでしまいそうになる。そして、何故、逢坂が背中を向けていたかというと―――。


(だ、だめ! 余計なこと考えちゃ……)


 逢坂の身体の長駆に覆われ、全ての思考を奪うような口づけを思い出す。あの時、全身は凍りついていたのに唇だけが熱を感じていた。なんの感情も感じない口づけのはずだったが、今でも沙樹の唇に記憶されている熱が燻っているようだった。


「沙樹ちゃん? 沙ぁ樹ちゃんてば!」


「え……?」


「どうしたのぼーっとして、沙樹ちゃんらしくないよ~。まぁ、ネタを逃しちゃって落ち込んでるのかな?」


 波多野の呼びかけに口づけの光景が霧散していく、集中力が散漫になっていることに気づいて沙樹は唇を結び、すっと背筋を伸ばした。


「すみません、大丈夫です」


「そう、ならいいんだけど……でね、沙樹ちゃんにやってもらいたい仕事があるんだよね」


「はい、なんでしょうか」


「このネタの記事を書いて欲しいんだ。ぐっと興味を煽るようなヤツをね、沙樹ちゃんの記事には期待してるよ」


 再び訪れたチャンスに、沙樹はそのネタの写真が牡丹餅のように見えた。すると、波多野が最後にボソリと小さく呟いた。


「逢坂もモノ好きというか……」


「え……?」


「いや、何でもないよ。ちなみに締め切り明後日だからそれまでによろしくね」


「わかりました」


 なんとなく意味深な言葉だったような気がしたが、逢坂のくれた最後のチャンスに拳を握って気合を入れた。
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