ファインダーの向こう
 沙樹は里浦がしゃべっている内容をもう一度聞き返した。しかし、ちょうど末尾の部分に雑音が入ってしまっていて鮮明に聞き取ることはできなかった。


『もうあんなのすぐなくなっちゃったよー。今は隆治が欲しいの』


『じゃあ、行くか』


 レコーダーに録音されているルミと里浦の会話自体はそこまでだった。そして、ガザガザと衣擦れのような音が激しく聞こえて、沙樹は逢坂が不意に口づけてきたことを思い出した。


(い、いや、あれは……演技っていうか、顔がバレないようにその場を凌いだだけで……)


 考えれば考えるほど、唇の感触が蘇ってきて頬が上気しだす。イヤホンからは小さな雑音しか聞こえてこないが、逢坂とキスをしている最中だと思うと余計恥ずかしくていたたまれなくなる。


(あぁ~何考えてんだろ私、早く忘れなきゃ)


 もう一度レコーダーを巻き戻して、後に録音されているものは聞かなくても必要のないものだと再確認すると、沙樹はもう一度里浦の言葉を聞き直した。


 思い切り……べる……―――。


 一番肝心だと思われる部分が不鮮明で、もどかしさで頭を抱え込んだ。


(一体なんて言ったの……?)


 胸の中にどす黒い不穏な影が広がっていくような気がして、沙樹はイヤホンを勢いよく耳から外すと、再びキーボードの上に指を滑らせた―――。
< 58 / 176 >

この作品をシェア

pagetop