ファインダーの向こう
「ち、ちち違います! 一人より二人の方がいいかなって……そう思っただけで……」


「別にいいけど」


「え……?」


 思いの他、簡単に承諾の返事が返ってきて沙樹は拍子抜けしてしまった。


「パンフ見せろ」


「はい……っ!?」


 背の高い逢坂が腰を曲げて、胸元で広げていたパンフレットに顔を寄せた。


 ふわりと香る淡いその匂いに、沙樹の心臓がひとりでに跳ねる。その時、あの夜の唐突のキスが沙樹の脳裏にフラッシュバックした。


「お前、なんか耳が赤いぞ?」


「え? そ、そうですか……気のせいだと思いますけど」


 顔を傾ければきっと逢坂の顔がそこにある。沙樹はそんな間近で視線を合わせる自信もなく、広げたパンフレットを見ている振りをした。


「変なヤツ」


 視線の隅で、逢坂のすっと長い睫毛が数回瞬いているのがわかると、沙樹は思わず俯いてしまった。


(な、なにドキドキしてるんだろう……)


「お前の父親の作品はこっちだ」


 不意にパンフレットに落とされていた相坂の影がすっと引くと、沙樹はハッと我に返って顔を上げた。


「あっ、待ってください」


 すたすたと沙樹に行ってしまう逢坂の背中を追いかけながら、沙樹は密かに小さな胸の高鳴りを感じていた。
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