ファインダーの向こう
「あの神山と里浦の記事、まあまあよく書けてるじゃないか」


「ほ、ほんとですか……?」


「まぁ、現場を目の当たりにしてビビってた割にはな」


 逢坂は横目で笑ってコーヒーに口をつけた。


「うぅ……」


 沙樹は面目なくなって俯くしかなかった。すると、逢坂がくすくすと小さく声を立てて笑いだした。


「それで、この忙しい俺に何の用だ?」


 逢坂はどかりと沙樹の隣に腰を下ろすと、スラリとした長い足を組んだ。


「やっぱり、波多野さんが連絡してくれたんですね。私も何回か逢坂さんに電話してみたんですけど繋がらなくて」


「仕事中は基本、電話に出ない」


 だからなんだ、と言わんばかりの冷たい横目に沙樹は押し黙る。沙樹はハッとして、逢坂に会って話がしたかった本来の目的を思い出した。


「この前、渋谷で里浦たちの会話の音が拾えるかもしれないと思って、レコーダー回してたんです」


「……へぇ、お前、ぼさっとしてるやつかと思ってたら、案外抜かりないんだな」


(た、確かにぼさっとしてるってよく言われるけど……!)


 沙樹は内心ムッとしながら、気を取り直してバッグの中からレコーダーを取り出した。


「どうしても聞き取れないところがあって、どうしてかわからないんですけど……すごく気になるんです。聞いてもらえますか?」


「貸してみろ」


 里浦の気になる会話の頭出しまで沙樹が早送りをして、イヤホンを逢坂に手渡す。


「この部分です」


 沙樹が再生ボタンを押すと、神妙な面持ちで逢坂がその会話に集中した。


「もう一回」


「はい」


 そう言って、逢坂は五回以上聞き直した。時折小さく唇を動かしてその会話を口にしてみたり首を傾げたりして沙樹は逢坂の言葉を、固唾を呑んで待った。


 沙樹は逢坂の真剣な横顔に無意識に目が奪われていた。すっと通った鼻梁に薄い唇、何げに指通りの良さそうな漆黒の髪―――。
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