ファインダーの向こう
 この期に及んでまだ獲物とでもいう気なのかと沙樹が眦を上げた時、逢坂の表情が険しいものになる。


「そういう中途半端な正義感はやめろ」


「中途半端?」


「お前、神山に何ができる? 薬物をやめるように訴えたとこで、言うことを聞くと思ってるのか」


 勢いだけで行動に突っ走ってはいけないと、頭の中ではわかっている。冷静さを欠いた沙樹に逢坂のシビアな言葉が容赦なく投げつけられた。


「じゃあ―――」


 どうすればいいのか、と沙樹は抗議しようと言いかけたがぐっとそれを呑み込んだ。


(逢坂さんに八つ当たりしてもしかたがない、けど……どうすれば)


 どうすることもできない歯がゆさに、沙樹が唇を噛み締めたその時、逢坂が静かに口を開いた。


「神山ルミがもし、豚箱行きになったら……お前、どうする?」


 留置所を俗称で豚箱という。沙樹は現実とはかけ離れた罪人の世界に、ルミが足を踏み入れていると思うとゾクリとした。


「……ルミのことは、今でもなんとかなるならって思います。それに、ルミが捕まったらマスコミにバッシングを受けると思う……逢坂さんは“ペンの暴力”って知ってますか?」


「あぁ、罪人をメディアでもって社会的に制裁するっていうリンチみたいなやつだろ」


「私はルミに立ち直ってもらいたいから、マスコミにはそんなことさせない。だから、ペンにはペンで私にできることをします」


 逢坂はしばらく黙って沙樹を見つめていた。その視線は、沙樹の力を見定めているようなそんな眼差しだった。すると、物言わない黒い瞳が一瞬揺れたかと思うと、逢坂が小さく笑った。


「お前のその馬鹿みたいにお人好しなところ……嫌いじゃないぜ」


「あ……」


 その時、オレンジ色の巨大な光の矢が差し込んで、闇がゆっくり後退していくのがわかった。沙樹はその眩しさに手を翳して見ると、燃えるような朝日が佇む二つの高層ビルに挟まれながら昇りかけていた。


(朝……なんだ)
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