ファインダーの向こう
 沙樹は新垣の言葉に頭の中が真っ白になって、カフェラテがいつの間にか目の前に置かれていることにも気付かなかった。


「神山ルミの噂がなくなったのは、里浦が裏で根回ししてるって噂です。里浦はおそらくとんでもない組織と関わってる。じゃなきゃ、里浦がたったひとりでマスコミを黙らせるなんてできるわけない」


 沙樹は薄々新垣にこれ以上、神山と里浦に関わるなと牽制されているのだと悟った。


「……それで、危ないから私にもうあの二人を追うなって忠告?」


「倉野さん……」


「私、里浦を張るって逢坂さんに宣言しちゃったの、もう決めたことだから後戻りできない」


 淡々と語る沙樹に新垣は目を丸くした。


「な、なに言ってるんですか!? あんなきな臭い匂い奴ら、他の記者に任せとけば―――」


「そういうこと……できないの」


 新垣を遮るように沙樹が言うと、新垣は思わず前のめりになっていた体勢を正した。ホットカフェラテからはもう湯気の気配がしない。すっかり冷め切ったカップに沙樹は口をつける。


「逢坂さん……ですか?」


「え?」


 突如出てきた意外なその名前に、沙樹は新垣をちらりと見た。新垣は両膝の上で拳を握り締め、ずっと俯いている。


「め……ですよ」


「新垣君?」


「だめですよ! 逢坂さんはだめだ。もしかして、倉野さん……逢坂さんのこと―――」


「な、なに言ってるの? 新垣君、そんなんじゃないよ。でも、仕事仲間としては……といっても、彼は私を仲間と思っているかわからないけど、尊敬できる人だと思う」


「逢坂さんは倉野さんのこと、止めなかったんですか?」


 里浦を追うと言った時、逢坂は何も言わず、肯定も否定もしなかった。それは何を意味するのか考えたこともなかったが、里浦はもう沙樹にとって見過ごせる存在ではなくなっていた。


「止めなかったんですね? くっそ……オレなら、倉野さんがそんな危険なヤツのこと追うなんて言ったら絶対に反対しますよ」


「新垣君……」


 その時―――。
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