雨の日は、先生と
「気をつけて帰ってね。」


「ありがとうございました。」



来る時とは比べ物にならないくらい、軽くなった心。

結局、先生の過去に関する、核心部分を知ることはできなかったけれど。

いいんだ。

先生が病気ではないこと、それが分かれば、それだけで。



「なにかあったら、また来てね。」


「本当に、ありがとうございます。」


「あ、そういえばまだ、名前聞いてなかったな。」



オーナーはにっこり笑って言った。



「あ……、笹森唯です。」


「唯ちゃんっていうんだ。俺は、弘沼朔太郎(ひろぬま さくたろう)。」



朔。

そういえば、あの日先生が、オーナーのことをそう呼んでいたことを思い出した。


大きな決別の時を越えて、またふたり、かけがえのない友達に戻った天野先生とオーナー。

私も、そんなふうになれるだろうか。


いつか、時間が解決してくれたら。


楓とも、新野君とも、そして……マエゾノさんとも。

また語り合う日が―――



ドアを開けるとチリンチリン、とベルが鳴る。

振り返るとオーナーが、丁寧におじぎをして見送ってくれた。



「またのご来店をお待ちしております。」


「ええ、またぜひ。」



そのときに、隣に先生がいたら、どんなに幸せだろう。

そんなことを考えてしまう自分が、どんなに愚かかは分かっている。

自分が先生のそばにいることは許されないということも。


でも、先生が生きている限り、また会うことができる可能性はゼロじゃない。

そう思うことができるだけでも、私は幸せに感じたんだ。
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