雨の日は、先生と
結局その日はどうなったのかよく覚えていない。
でも、気付いたら自力でベッドまで移動したみたいで、朝起きた時には制服のままベッドの上にいた。

起きようとすると体中が痛い。
私は、顔をしかめながら準備をする。

今までの私なら、簡単に学校を休んでいただろう。

でも、今の私は違う。

先生と過ごせる時間は、限られているんだ。


重い体を引きずるようにして家を出る。

昨日、この近くまで先生に送ってもらったなんて、本当に夢だったのではないかと思う。
そう、むしろ全部、夢だったらいいんだ。
そんな夢を見た自分を、笑い飛ばしてしまえるような。
そんな恋だったらいいのに。


息をすると肋骨が痛い。

今日一日、誰にもばれずに生活できるのか、まず問題だった。


緊張して教室に入る。
もう昨日みたいに、私のことを気に留める人はいなくて、私はほっとする。

席に着くと、眠気が押し寄せてきて机の上にうつ伏せた。

教室に響く、たくさんの声が混ざり合っていく。
こんなに「声」に囲まれたのは、久しぶりだと思う。

先生の声は、そんなに低くもなくて、でも甲高いわけでもなくて。
ゆっくりと、確かめるような話し方だけが印象的だ。


「HRを始める。」


そう言って教室に入ってきたのは、私が最も苦手とする担任だった。

顔を上げると、明らかにぎょっとした顔の担任と目が合う。


「なんだ、笹森。来てたのか。」


そんなふうに言わなくても、と思う。
きっと担任は、自分のせいで私を不登校にしてしまったことよりも、行き過ぎた指導をした自分の保身が大事なんだ。
だから、その顔には恐怖の色が浮かんでいる。

担任がどうなろうと興味はない。
むしろ、それをだれかに告白することで、自分の秘密が知られる方が怖い。


でも、思ったより私は冷静でいられた。
本当は、泣いてしまうかと思っていたんだ。


担任と私は、お互いの秘密を抱えている。
だからどちらかが口を開くことは、絶対にないだろう。
その点で、安心していられるのは確かなんだ。


その日も、ただひたすらに放課後を待った。

心の傷口を広げるのも、癒すのも天野先生。
でも、悲しくても、傷付いても。
どうしても先生に会いたい。
先生の隣で息をしていたい。

縋れるのは、あなた一人だから――
< 15 / 119 >

この作品をシェア

pagetop