雨の日は、先生と
「笹森さんですか?」
慌てたようで、少し早口な先生の声。
こんな声、聴いたの初めてだった。
先生はいつも、落ち着いていてゆっくり話すから。
「どうしたの。」
その口癖が、いつもより抑揚が大きい。
私なんかのために、先生の感情が小さく変化することが意外だった。
黙っていると、先生は急に、私の横にしゃがんで座った。
顔が見られなかったのに、こんなに近くに来られると見ないわけにはいかない。
真っ暗な廊下には、いつかみたいに月の光が差し込んでいて、うっすらと明るかった。
「ずっと、待ってたんですか?」
首を振る。
先生を長いこと待っていたのは本当だけど、ずっと待っていたわけじゃないから。
気付いたらここに戻ってきていた、それだけのこと。
「違うのですか。それなら安心しました。」
私の様子がおかしいことに、勘のいい先生なら気付いているはず。
でも、先生はわざと明るい声でそんなことを言った。
「いずれにせよ、私に用があるのでしょう。一旦、準備室に入りましょう。」
そう言って、先生は準備室の電気を点ける。
まぶしくて、思わず目を瞑る。
「眩しいですか?……ほーら、随分長い間、暗い中にいたんじゃないですか。」
先生が、いつもみたいに私の微笑みを引き出すような話し方をしていることは分かっている。
でも、今日ばかりはそうはいかないよ。
やっと束の間の居場所を手に入れたというのに。
「この部屋、空調が壊れているんです。運んできたばかりですけど、ストーブを点けましょうか。」
細やかな気配りが、優しい言葉が、すべてが私を満たしていく。
細胞のひとつひとつが、先生の声に耳を傾けている。
先生はしゃがんでストーブを点けて、それからゆっくり振り返った。
「おいで、笹森さん。」
優しい優しい顔で、先生が呼ぶ。
ストーブに両手をかざした先生が、いつもより無邪気に見えた。
おずおずと先生の隣にしゃがむ。
「手、貸してごらん。」
え、と思って。
でも、無意識のうちに差し出した左手を、先生は温めたばかりのあったかい手で握る。
「震えてるじゃないですか。」
その温もりが、切なくて、悲しくて、でも嬉しくて。
思わず涙があふれた。
そんな私をからかいはせずに、先生はもう片方の手も温めてくれる。
私はただ、先生の温もりに溺れていた。
刹那的な幸せが、全身を駆け巡った。
一瞬、本当に一瞬、思ったんだ。
この温もりの記憶だけで、私はこの先も生きていけるのではないかと――