雨の日は、先生と
体もあったまって、涙も止まるころ、先生はそっと私の手を離した。
随分長い間泣いていたように思う。

先生はやっぱり、何も訊かなかった。


「笹森さん。」


「……はい。」


恐る恐る先生を見上げる。


「ごめんなさいね。」


「……え?」


先生は、黙って首を振った。
きゅっと上がった口元の割に、寂しそうな目を細めている。


「もうとても遅い時間ですよ。親御さんが心配しているでしょう。」


「……大丈夫です。」



心配してくれる人なんて、私にはいないから。



「家の人に電話をした方がいいんじゃないですか?」



「いえ……。」



「お父さんに怒られませんか?」



先生は、ほんの少し冗談めかした口調で言った。
でも、そう言われた瞬間に、私の心がキリリと痛む。

何も知らずに微笑む先生が、憎いとさえ感じてしまう。
先生は何も、悪くないのに。



「……お父さんはいません。」



先生は、小さく息を呑んだ。

一瞬にして流れた重い空気が、私にのしかかる。



「そうですか。……知らなかった。」



先生はそう言いながらも、必死に言葉を探しているみたいだった。
私も、話題を変えようと必死になる。



「ほら、先生!私の秘密、ひとつ教えたじゃないですか。」



「それは、私の年齢を教えろという意味ですか?」



こくり、と頷くと、先生は考え込むような仕草をした。
困ったような微笑みが可愛らしく見える。



「困ったな……、他の秘密じゃ駄目ですか?」



「いいですよ!先生の秘密なら何でも。」



余りにも困っているようだったので、許してあげることにした。
すると、先生はまたしばらく考え込んでいる。





「ネコを、飼っています。」



「ネコ、ですか。」



「ネコ、です。」



先生の意外な一面を垣間見た気がして、私はとても嬉しくなる。



「名前は?」



「たま。」



「どんなネコですか?」



「三毛猫です。ちょっと太り気味の。」



「太ってるんですか。」



おかしい。

あんなに傷付いて荒んでいた心が、安らかに和んでゆく。

涙の代わりに、笑顔が溢れ出す。

魔法みたいだよ、先生。




「笹森さん、もう遅いですから車で送ります。この間の公園まで。」



「はい。」



「たまの話は、またしてあげますよ。」



「はい!」



ストーブを消して、部屋の明かりのスイッチに手を掛けて、先生が振り返った。



「帰りましょう。」



小さく頷くと、先生は安心したようにうなずき返す。

私はほんの少しの勇気を得て、あの家にまた帰る覚悟を固めていたんだ。




先生の優しさは、私のすべてだったから――
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