雨の日は、先生と

衝撃

とぼとぼと家に帰る。

ボロボロだって、そう思った。

体も心も。


追い打ちをかけるように降り出した雨。

傘を持っていても、さすことの意味を感じられなくて。


それでも家の玄関を開けるとき、またいつもみたいに手が震えた。



「おかえり、不良娘。」



そこに立つ人を見て、私はまた泣きたくなる。



「今日は早いじゃん。“好きな人”と一緒じゃなかったのか?」


嫌な笑いを浮かべながら、大路さんが言う。
その言葉は、私の傷口を的確に突いてきた。


「なにその顔。お前、もしかしてフラれたの?痣見られたとか?おもしれーじゃん。」


楽しそうな笑顔が、悔しくてたまらなかった。


「来いよ。フラれて寂しいんだろ?」


右手首を掴まれて、嫌な予感がした。
身を引こうとさっと手を引くが、思いのほか強い力で掴まれていて抗えない。


「なんだよ。いいだろ?別に俺、お前の父親じゃねーから。」


面白そうに笑いながら、リビングへと引きずられる。


「何するんですか。」


冷静に言ったつもりが、声が震えていた。
がくがくと膝が震えて、ちゃんと立つこともできなくて。


「そんな被害者みたいな目すんなよ。俺だって、お前みたいなやつ飼わなきゃならなくなって、迷惑してるんだからよ。」


乱暴に手を引かれる。

床に投げ出された私の上に、獣のようにのしかかるその人。


「やめてください!!」


「うるせー。黙れ。」


「やめてっ!!!」


大きな手で口を塞がれて、何も言えなくなる。

もう片方の手が、私の制服にかかる。


「いやっ!!!」


なんとか絞り出した声が、自分のものではないように響いた。



その時、足音が聞こえた。



大路さんは気付いていないようだ。



必死に見上げると、そこには呆気にとられたような顔をした、母がいたのだ――



「な、何してんの、魁人。」


「何でもねーよ。」



明らかに動揺した様子で、大路さんが立ち上がる。
私は慌てて、乱れた制服を直す。



母は、どうしていいか分からないような、泣きそうな顔で立っていた。



これで、分かってくれると思ったんだ。
大路さんがどんな人なのか。
母が責めるのは大路さんだって、そう思ってた。



それなのに、母がつかつかと歩み寄ってきたのは、私だったんだ。



「ふざけんなよ。」


母は泣いていた。
苦しそうに顔を歪めて、そして私を容赦なくはたいた。


「お前がいるからっ!!」


母の言いたいことは分かる。
でも、あんまりだよ、お母さん。

私、大路さんをお母さんから取ろうだなんて、思うわけがない。


「消えろよっ!」


泣きながら蹴られて、私は倒れ込んだ。

このままだと、私――


この間、テレビで観たニュースがよみがえる。
虐待の末に殺されてしまった子どもの事件。
ありえないと思うかもしれないけれど、ほんとにあり得ることだって、私は痛いほど知っているから。


なんとか立ち上がって、玄関へと向かった。
震える足を、両手でかばいながら。
背中に浴びせられる怒声も、もう聞こえてこない。


ローファーをはいて、ドアを押して。


私はこの家から、逃げ出したんだ――
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