雨の日は、先生と
母
天野先生。
こうして出会ったその人は、私の運命を変えた。
先生と出会った日も、やっぱり雨だったんだね。
この頃の私はまだ、先生のことを特別な存在とは思っていなかった。
でも、人と話すのが苦手な私が心のどこかで、再び先生に会いたい、と願っていたことも事実だ。
心の片隅に、ほんの小さな温かい場所ができた。
あの日から、初めて誰かに頼りたいと思った。
「四月の魔女へ」を読み切って、それがハッピーエンドだったことがなぜかとても嬉しくて。
気付けば先生の面影を、心に描いていた。
傘を差しながら家に帰って、鍵で玄関のドアを開ける。
そのまま真っ直ぐ、部屋に向かう。
「唯。」
「何?」
「来て。」
リビングには、いつ帰ってきたのか母親の姿があった。
ソファーで前かがみになって、煙草を吸っている。
化粧が濃く、香水の匂いが強い。
仕事帰りの母は、いつもこんな荒んだ姿をしていた。
私は、そんな母親から目を逸らしながら立っていた。
「結婚する。」
「どの人?この間の人?それとも……」
「別にいいだろ、誰だって。」
母は鋭い眼差しで私を睨む。
「いつだって上手くいかないのはお前のせいなんだよ。……お前さえいなければ上手くいくんだよ。」
「ごめんなさい。」
「謝れば済むと思ってんの?唯、あんたなんか生まれてこなければよかったんだよ。」
つま先で思い切り蹴られて、後ろに倒れる。
「ごめんなさい。」
「腹が立つ。お前のその泣き顔見るのも。謝ってんじゃねーよ。」
倒れた私を引っ張って起こして、再び蹴る。
「ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい。」
繰り返し謝る。
私にはそれしかできない。
本当に、申し訳ないと思っている。
分かるから。
母親の気持ちが。
こうして私に暴力をふるって、その度に一番傷付いているのは母だと、良く知っているから。
しばらくして母は家を出ていき、私はゆっくりと立ち上がる。
家を出て行った母は、いつも公園に行く。
そして、片隅のベンチで振り絞るような声を上げて泣くんだ。
そんな母の辛さを分かるのは、私しかいない。
痛みに顔をしかめながら階段を上るとき、いつも空しいような、諦めたような気持ちになる。
でも、今日は何か違った。
諦めたような気持ちの代わりに、逃げ出したいと思った。
こんな毎日から。
真っ暗な世界に光が見えたら、人はどうしても光の方に向かいたくなるのかもしれない。
真っ暗なままの方が、きっと穏やかなのだけれど――
こうして出会ったその人は、私の運命を変えた。
先生と出会った日も、やっぱり雨だったんだね。
この頃の私はまだ、先生のことを特別な存在とは思っていなかった。
でも、人と話すのが苦手な私が心のどこかで、再び先生に会いたい、と願っていたことも事実だ。
心の片隅に、ほんの小さな温かい場所ができた。
あの日から、初めて誰かに頼りたいと思った。
「四月の魔女へ」を読み切って、それがハッピーエンドだったことがなぜかとても嬉しくて。
気付けば先生の面影を、心に描いていた。
傘を差しながら家に帰って、鍵で玄関のドアを開ける。
そのまま真っ直ぐ、部屋に向かう。
「唯。」
「何?」
「来て。」
リビングには、いつ帰ってきたのか母親の姿があった。
ソファーで前かがみになって、煙草を吸っている。
化粧が濃く、香水の匂いが強い。
仕事帰りの母は、いつもこんな荒んだ姿をしていた。
私は、そんな母親から目を逸らしながら立っていた。
「結婚する。」
「どの人?この間の人?それとも……」
「別にいいだろ、誰だって。」
母は鋭い眼差しで私を睨む。
「いつだって上手くいかないのはお前のせいなんだよ。……お前さえいなければ上手くいくんだよ。」
「ごめんなさい。」
「謝れば済むと思ってんの?唯、あんたなんか生まれてこなければよかったんだよ。」
つま先で思い切り蹴られて、後ろに倒れる。
「ごめんなさい。」
「腹が立つ。お前のその泣き顔見るのも。謝ってんじゃねーよ。」
倒れた私を引っ張って起こして、再び蹴る。
「ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい。」
繰り返し謝る。
私にはそれしかできない。
本当に、申し訳ないと思っている。
分かるから。
母親の気持ちが。
こうして私に暴力をふるって、その度に一番傷付いているのは母だと、良く知っているから。
しばらくして母は家を出ていき、私はゆっくりと立ち上がる。
家を出て行った母は、いつも公園に行く。
そして、片隅のベンチで振り絞るような声を上げて泣くんだ。
そんな母の辛さを分かるのは、私しかいない。
痛みに顔をしかめながら階段を上るとき、いつも空しいような、諦めたような気持ちになる。
でも、今日は何か違った。
諦めたような気持ちの代わりに、逃げ出したいと思った。
こんな毎日から。
真っ暗な世界に光が見えたら、人はどうしても光の方に向かいたくなるのかもしれない。
真っ暗なままの方が、きっと穏やかなのだけれど――