雨の日は、先生と

信じたくない

喫茶店のドアを開けると、カランコロン、という軽やかな音が響いた。
裏腹に、私の心は重くなっていく。

初めてできた友達かもしれない楓に、何て言われるのか怖かった。


楓と私は、同じホットコーヒーを注文した。

温かい店内に、かじかんだ手がじんじんと痛い。

お互いをうかがうように流れる時間が、とっても怖かった。


「それで、話って?」


「えっと……。単刀直入に言うと……、笹森さんって、天野先生と、その、……付き合ってるの?」


「え?」


胸がつかえたように、声が出なくなる。

ちがう、って言わなきゃいけないのに。

どうして、って言わなきゃいけないのに――


「私ね、天野先生の近所に住んでて……それで、見ちゃったんだ。この前……笹森さんが、天野先生の家に入ることろ。」


ああ、もう終わりだ。
言い逃れできない。

私が先生のことを好きになったばっかりに、先生を不幸にしてしまう。


「違うの。言いふらそうとか、そんなこと思ってない。だけど……ばれたら、大変なことになるよ、笹森さん。」


「ち、がうの。」


「え?」


「付き合ってなんて、ない。」


弱々しく発した言葉が、静かな店内に微かに響いた。


「そうなの?……そっか、ならよかった。」


分かってる。
私たちのことを、応援してくれる人なんて、誰もいないって。

だけど――


「心配になっちゃってさ。ほら、笹森さんは、噂に疎いでしょ?」


「噂?」


「そう。知ってる?……天野先生って、何か持病があるみたいよ。」


「持病?」


聞きたくない。
でも、勝手に耳に入ってくる。


「天野先生って、毎朝病院に通ってるみたい。毎日だよ?……みんな、言ってるの。不治の病だって。」


「不治の病……。」


気付けば、視界が霞んでくる。
ああ、泣いちゃだめだ。
今泣いたら、だめだ。


「そう。もう長くないんじゃないかって。入院しない代わりに、毎日通院してるみたい。」


「長くない……。」


楓の言葉を繰り返す度に、信じたくないという気持ちが込み上げてくる。

だけど――

その噂が本当なら。

先生の表情が日増しに切なくなることの、説明がつく気がして。



「天野先生が、病気?」


「そう。だから……天野先生は、やめたほうがいいよ。結婚してるし。」


「……。」


「つらい思いするのは、笹森さんだから。」


楓の言っていることは、正しい。
だけど、あまりにも悲しくて。


「ごめん、ちょっと。」


そう言って、私は喫茶店のトイレに駆け込んだ。
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