雨の日は、先生と
「お待たせしました。」
タイミング良く運ばれてきたパスタのおかげで、私は涙を隠すことができた。
温かいクリームパスタからもくもくと立ち昇る湯気に、私も先生も包まれてしまう。
「あったかいですね。」
「ええ。やはり、寒い季節は温かいものが恋しいですね。」
先生は、フォークとスプーンを手にして、嬉しそうに微笑む。
この笑顔を、心に焼き付けておこう、と思った。
先生と過ごす日々には、いつか終わりが来るから。
それだけは、きっと確かだから。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。」
「はい。いただきます。」
最初の一口で、体も心も温まる。
指先まで幸せが駆け巡るような、そんな気がする。
「おいしい。」
「でしょう?」
先生は、何故だか得意げな顔をしている。
親友のことを尊敬していて、その成功を心から願う先生の温かさが、私にもじんわりと沁み通っていく。
ふと、オーナーのことが羨ましくなった。
「いかがですか。」
その時、ちょうどオーナーが横に立っているのに気付いて、私は飛び上がりそうになる。
「あ、おいしいです!」
「そう、よかったです。」
嬉しそうに答えるオーナーと対照的に、先生はまたふてくされたような表情をしている。
「朔(さく)、邪魔しにきたのか。」
「陽、いいじゃんかちょっとくらい。話聞かせろよな。」
「それはまた今度だ。」
「だって、びっくりするじゃないか。久しぶりに来たと思えば、教え子連れてて。しかも、玲(れい)さんの、」
「それ以上余計なことを言わなくていい。」
先生は、本気で怒った口調で言った。
オーナーは、打たれたような表情で立ちすくむ。
「おい、陽。じゃあ、この子には何も、」
「だから……」
「すまない。」
急に物思いにふけるような表情をした後、オーナーはお盆を持って去って行った。
分かってる。
何かあるってこと。
オーナーは知っていて、私は知らないことがたくさんある。
本当は、何もかも知りたい。
先生の過去を、私に関係のない過去でさえも。
だけど、知ったところで私が、どうすることもできない。
先生が時折浮かべる悲しそうな表情も、寂しそうな微笑も、全部知っているのに。
「ごめんなさいね、笹森さん。」
「いいえ。……気にしませんよ。」
わざと明るく笑って見せる。
でも、それを見つめる先生の顔が、ふっと寂しさに歪むのを、私は感じ取ってしまった。
「そんな顔で笑わないでください。」
「え?」
先生の手が、気付くと私の両手を握っていた。
「私は、あなたを今まで以上に、悲しくさせてしまったのではないですか。」
「そんなこと、」
「唯。すまない。」
先生が謝ると、私の中の何かが崩れ落ちてゆく。
別にいいのに。
先生のそばにいられればそれでいいのに。
だけど、本心ではきっと、それ以上を求めてしまっていたのだろう―――
「確かなものは何もあげられない。それは、」
先生は、苦しそうな顔で言った。
「君を、教師と生徒なんていう安っぽい関係の中に、巻き込みたくないから。」
先生の言いたいこと、何となくわかる。
でも、分からない。
私は、先生の顔を見つめることしかできなくて。
「だから、今は何も知らなくていい。」
――今は。
その言葉に、期待を抱いてしまう自分がいて。
期待すれば、余計胸がきゅうと痛くなった。
「分かりましたか?笹森さん。」
先生が、いつもの口調に戻って言った。
いたずらっぽい口調に、ほんの少しほっとする。
「はい。分かりました。」
頷いた先生の向こう側には、雨に滲んだ光の海が広がっている。
先生が大事なことを教えてくれる日がもしも来るのなら、私も過去と向き合いたいという思いが、自然に湧き上がってきた。
タイミング良く運ばれてきたパスタのおかげで、私は涙を隠すことができた。
温かいクリームパスタからもくもくと立ち昇る湯気に、私も先生も包まれてしまう。
「あったかいですね。」
「ええ。やはり、寒い季節は温かいものが恋しいですね。」
先生は、フォークとスプーンを手にして、嬉しそうに微笑む。
この笑顔を、心に焼き付けておこう、と思った。
先生と過ごす日々には、いつか終わりが来るから。
それだけは、きっと確かだから。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。」
「はい。いただきます。」
最初の一口で、体も心も温まる。
指先まで幸せが駆け巡るような、そんな気がする。
「おいしい。」
「でしょう?」
先生は、何故だか得意げな顔をしている。
親友のことを尊敬していて、その成功を心から願う先生の温かさが、私にもじんわりと沁み通っていく。
ふと、オーナーのことが羨ましくなった。
「いかがですか。」
その時、ちょうどオーナーが横に立っているのに気付いて、私は飛び上がりそうになる。
「あ、おいしいです!」
「そう、よかったです。」
嬉しそうに答えるオーナーと対照的に、先生はまたふてくされたような表情をしている。
「朔(さく)、邪魔しにきたのか。」
「陽、いいじゃんかちょっとくらい。話聞かせろよな。」
「それはまた今度だ。」
「だって、びっくりするじゃないか。久しぶりに来たと思えば、教え子連れてて。しかも、玲(れい)さんの、」
「それ以上余計なことを言わなくていい。」
先生は、本気で怒った口調で言った。
オーナーは、打たれたような表情で立ちすくむ。
「おい、陽。じゃあ、この子には何も、」
「だから……」
「すまない。」
急に物思いにふけるような表情をした後、オーナーはお盆を持って去って行った。
分かってる。
何かあるってこと。
オーナーは知っていて、私は知らないことがたくさんある。
本当は、何もかも知りたい。
先生の過去を、私に関係のない過去でさえも。
だけど、知ったところで私が、どうすることもできない。
先生が時折浮かべる悲しそうな表情も、寂しそうな微笑も、全部知っているのに。
「ごめんなさいね、笹森さん。」
「いいえ。……気にしませんよ。」
わざと明るく笑って見せる。
でも、それを見つめる先生の顔が、ふっと寂しさに歪むのを、私は感じ取ってしまった。
「そんな顔で笑わないでください。」
「え?」
先生の手が、気付くと私の両手を握っていた。
「私は、あなたを今まで以上に、悲しくさせてしまったのではないですか。」
「そんなこと、」
「唯。すまない。」
先生が謝ると、私の中の何かが崩れ落ちてゆく。
別にいいのに。
先生のそばにいられればそれでいいのに。
だけど、本心ではきっと、それ以上を求めてしまっていたのだろう―――
「確かなものは何もあげられない。それは、」
先生は、苦しそうな顔で言った。
「君を、教師と生徒なんていう安っぽい関係の中に、巻き込みたくないから。」
先生の言いたいこと、何となくわかる。
でも、分からない。
私は、先生の顔を見つめることしかできなくて。
「だから、今は何も知らなくていい。」
――今は。
その言葉に、期待を抱いてしまう自分がいて。
期待すれば、余計胸がきゅうと痛くなった。
「分かりましたか?笹森さん。」
先生が、いつもの口調に戻って言った。
いたずらっぽい口調に、ほんの少しほっとする。
「はい。分かりました。」
頷いた先生の向こう側には、雨に滲んだ光の海が広がっている。
先生が大事なことを教えてくれる日がもしも来るのなら、私も過去と向き合いたいという思いが、自然に湧き上がってきた。