雨の日は、先生と

友達の苦悩

お昼は、二人で屋上に行く。
屋上と言っても、5階まである校舎の3階にある、テラスのようなところ。
見晴らしが良くて、前はよく一人でここに来ていた。

今は、一人じゃない。
いつも隣で、楓が笑っている。

誰かと共にご飯を食べることの幸せを思い出した。

それは、ものすごく久しぶりの感覚だった。



「ねえ、唯!唯のお弁当、いつも誰が作ってるの?」

「え、自分で作ってるよ。」

「嘘っ、すごい!!」


楓は、目を丸くして私を見つめた。


「楓は?」

「私?私はお母さんに作ってもらってる。」

「いいなー。」

「えー、自分で作れる方が羨ましいよ!」


思わず口に出してしまった、楓を羨む言葉。

お弁当―――

一度だけ作ってもらったことがあったっけ。

保育園の運動会の時。

広げたシートの上に、所狭しと料理が並んでいたね。

土ぼこりの中、目を細めながら。

お父さんとお母さんが、笑っていた。


「唯?」

「え、あ、ごめんごめん。」


忘れていた光景がフラッシュバックしてきて、私は目をしばたかせる。

何度忘れようとしても、忘れられない。

私を虐待していた母の表情よりも、穏やかに笑っていたあの頃の母を、そして、お父さんを思い出すのは、どうしてだろう。


「唯、」

「ん?」

「最近、天野先生とはどう?」

「あ、……うん。」


どう、なんだろう―――


学校ではいつものように放課後会うけれど。

前と変わったことは特にない。

ただ、ドキドキするような言葉の反面、先生は私に指一本も触れなくなってしまった。

あの夜、雨の中ふたりで泣いた、あの出来事以来。


「どうなのよー。二人でデートとかした?」

「あ、うん。」

「うわー!どこに行ったの?」

「内緒。」

「話してくれてもいいでしょ?」

「ごはん食べに行っただけ。」

「いいなーっ!先生、何だって?好きって言ってくれた?」

「ううん。」


先生に、好きとか愛してるなんていう言葉は言われたことがない。
そして、言われることなんてないんだと分かっている。

確かなものは何もあげられない。

それが先生の答えだ。


いいんだ。


私は、言葉なんて要らない。
確かなものも、未来も要らない。


そう思わないと、悲しすぎるから。



「そっか。言わない主義、とか。」

「主義?」

「そうそう。言わなくても、分かってるだろ?みたいな。きゃー!言ってて私が恥ずかしくなってきちゃった!」

「ふふ、もう楓ー!!」

「あ、雪。」

「わあっ、ほんとだ。」

「初雪だね。」

「もうそんな季節なんだ。」



ひらひらと舞い落ちてくる雪に、二人で手を伸ばした。

この時すでに、楓は孤独感の中にいたのに。

私は、気付いてあげることさえできずに、雪を捕まえようと必死になっていたんだ―――
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