雨の日は、先生と
「……食べてください、これ。」


鼻声の先生が、途方に暮れたような声で言った。


「私ひとりでは食べきれませんから。」



ごめんね、先生。

こんなに準備してくれたのに。

先生が、私を喜ばせようとした気持ちは、本物だったのに。


先に耐えられなくなってしまったのは、私だったんだ。



「……は、い。」



食欲なんてあるはずもなくて。

でも、先生のためにしてあげられる最後のこととして、私は黙々とケーキを食べた。

先生も、黙って食べて。

そして、とうとうケーキを片付けた。



「こんなクリスマスにしてしまって、本当に申し訳ありません。」



ぽつり、と先生が言う。

分かってたんだ。

あの雨の日から、いや、そのずっと前から、先生が胸に抱えていた葛藤。

先生が病気でいなくなってしまうことを心配する以前に、先生は私の前から消えてしまうという現実。


クリスマスだから特別なわけじゃない。


こうなることは必然だった―――



「私こそ、ごめんなさい。」


「どうしてですか。」


私はその問いに、首をふった。

どうしてだろう、うまく答えられないよ。

ただ、悪いのは先生じゃないって、そう思うんだ。




「無理させてすみません。……言われてみれば、私はもう、あなたを引き留める権利はないのですね。」



先生の言葉が寂しい。

それは暗に、帰ってほしいと言っているように思えた。

こんな時でも、一秒でも長く先生のそばにいたいのに。



「か、……帰ります。」


「送りますよ。」


「いいです。」


「え?」


「バス停まで歩けますから。」


「笹森さん。」



もうこれ以上、先生に迷惑をかけたくない。

先生に、私を引き留める権利がないように、私にだって先生の優しさを受ける権利はないんだ。



「この時間だと、バスはもうないですよ。」


「……じゃあ、歩いて帰ります。」


「お願いです、笹森さん。私が言えた義理ではありませんが……、今日の責任くらい、私に取らせてくれませんか?」


「先生……。」



そう言った先生の顔は、あまりにも悲しそうで。

結局、先生の車に乗せてもらうことになった。

きっと、これだってもう最後なんだ。



暖かい部屋から外へ出るとき、ああ、もう本当にひとりなんだな、と思った。

この広い世界を生きていくために、縋れる人はもういないんだ。



冷たいシートに腰掛ける。


すると先生は、黙って車を発進させた。
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