雨の日は、先生と

優しい人

「何してんの?」


急に声を掛けられて、私は飛び上がりそうになった。

ごしごしと涙を拭って振り返ると、不思議そうな顔をした男の子が立っていた。

私と同じ高校の制服を着ている。


「笹森じゃん!」


なんでこの人は、私のことを知っているんだろう。

頭の中を、ぐるぐると疑問符が巡る。


「あ、もしかして俺、認識されてなかった?同じクラスなんだけど、一応。」


苦笑いしながら彼は言った。


「ごめん……、」


「俺、新野浩一(にいのこういち)。」


「新野くん……。」


「まあ、俺の名前とかどうでもいいんだけどさ。どうしたんだよ、こんなところで。」


先生以外に、私に自然に話しかけてくれる人がいるなんて知らなかった。
驚くばかりで、何も言えない。
私は、ただ目を見開いて彼を見つめていた。


「……まあ、話したくなきゃいいんだけどさ。」


あっさりと頷いて、彼はふっと笑った。



「なあ、寒いんだからさ。いつまでもこんなとこにうずくまってないで、帰ろう?な?」


「うん……。」



すっと差し出された手を、私は握ることができない。



彼は、諦めたように手をポケットにしまうと、私を振り返って歩き始めた。



立ち上がって、何となくその背中を追う。

すると、足を止めた新野君が、私を見てにっこりと笑う。


諦めたようなその笑顔は、どことなく先生に似ていて、私は心臓を掴まれたみたいに切なくなる。


「お前んちまで送り届ける。どこ?」


「い、いいよ。」


「やーだ。俺の気が済まないんだよ。」


新野君は私の隣を歩いていた。
時折、私の顔を覗き込んでは、確かめるように笑った。



「笹森って、どこ受けんの?」


「あ、えと……、東京の私立、だよ。」


「へえ!俺も東京!仲間だなっ。」



咄嗟についた嘘を、いとも簡単に信じる新野君。
その横顔に、私は罪を感じていた。



「家、そこだから……、ここまででいいよ。」


「あ、うん。じゃあな!」


「ありがと、ね。」


「いいんだよ。」



新野君が、私に背を向けてから片手を挙げた。

さよなら、っていう意味なんだと思った。


新野君。


天野先生が目の前から消えた日に、彼に出会った。
これもまた、必然だったのかもしれない。


彼に出会って、私はまたひとつ、罪を抱えて生きていくことになってしまうのだけれど―――
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