君色キャンバス
靴をひっくり返すのは、紗波にとって毎日の日課になっている。
今日も、上靴をひっくり返そうと、プラスチックの所を持った。
しかし__上靴をぶら下げると、いつものような高い音は響かなかった。
紗波はそれに気付かないように上靴を床に置くと、それを履いて、廊下を歩き出す。
トントントン、と規則的な音を、階段の踊り場に響かせる。
辺りに人影は無く、雨音と紗波の足音だけが廊下に木霊した。
教室の前に着くと、中から幾つかの声が聞こえた。
時々、『転校生』というワードが、紗波の耳に入る。
ガラガラと扉を開け、教室の中に踏み込んだ。
一瞬、中に居た五人が扉の方を向くが、紗波だという事を知ると、気にも留めずに話を続ける。
転校生が来る、と言う小百合の言葉を思い出すが、それが頭をよぎったのは瞬刻だった。
ノートを取り出して、鉛筆を握る。
他に、暇を潰す選択肢は無い。
紙の上に、黒々とした濃淡の、さっき見た青い花と葉が浮かび上がる。
やがて、八時頃になり、教室に集まる全員の話題は『転校生』だった。
勝手な、転校生に対する憶測を飛ばし、容姿を想像し、性格を思い浮かべている。
紗波は、自分に関係の無い事だとばかりにずっと絵を描いている。
小百合も、教室に入ってきた。