君色キャンバス
「違う!天才じゃない!!」
紗波は真っ青な顔で、立ち上がると__廊下へと駆け出した。
藤村と、クラスメイト達はただ呆然とし、小百合は青い顔で佇み、光が楽しそうに笑った。
紗波は廊下を走って行く。
「天才じゃない…天才じゃない…」
と、自分自身に言い聞かせるように、何度もその言葉を繰り返しながら。
紗波はそのまま、美術室へと向かった。
廊下に、普段はけして出さない、紗波の荒々しい足音が響き渡る。
美術室の扉を勢い良く開けると、ガンと扉を閉め、鍵を内側からかけた。
そして、美術室の中を見回す。
タンス、棚、テーブル__美術室の真ん中に置かれた、仔猫の描かれたキャンバス。
キャンバスに近寄り、泳ぐ目でその絵を食い入るように見つめる。
紗波は見つめ続け__やがて、早足でタンスに歩み寄ると、中から灰色の絵の具を取り出した。
隣に置いている太い筆を握り、灰色の絵の具を、洗っていない汚らしいパレットの上に出すと__
「天才…じゃ…な、い…」
腹を見せる仔猫を、塗りつぶした。
キャンバス一面が、灰色。
紗波は美術室の角に座り込み、膝を抱えたまま、
「天才じゃない…天才じゃない…」
と、繰り返しながら__震えていた。
紗波はこの日、『恐怖』という感情に、身も心も包まれたのを感じた。
ザァー…と、雨が更に激しくなった。