君色キャンバス
(…描いてみたい)
紗波は心のどこかで、それを思った。
自分とは違う喜怒哀楽の豊かな誰かを、描いてみたい。
紗波は、自分に感情が無い事を知っている。
その誰かの笑顔を、描いてみたいと思った。
恋などという物は、一欠片も無い。
純粋に、描いてみたい。
「マジで?イケメンに描いてくれよ」
その誰かがまた、笑った。
いつもニコニコと微笑んでいる。
「…じっとしてて」
シャッ、シャッ、シャッ、と、擦れる音が聞こえる。
そして、その絵の一部分を、紗波が消しゴムで消した。
美術室などでは、普通は消しゴム代りにパンを使うのだが、ここにパンはない。
何度も何度も、描き直した。
「…どうした?俺の顔、難しい?」
「…っ…」
何度も、何度も。
その絵の一部分を消しては、描き直していく。
その一部分は__頬と唇。
笑顔を描く事が、出来なかった。
「…っ」
「おい、別に描かなくても」
何度も何度も消しては描くが、笑顔が、描けなかった。
「もう、良いぜ別に」
結局、出来上がった絵は、“無表情”の、目の前に居る誰かの顔だった__