君色キャンバス
八月十五日。
夏休みの三分の二が過ぎ去った日だ。
紗波は一人、美術室にこもり、額に汗を浮かべ、絵を描いている。
壁にかけられた時計の長針が指したのは、七時だった。
青いカーテンが引かれた薄暗い美術室の中で描かれているのは、想像の中で描かれた“海”。
真っ青かつ、水色の海は明るく輝き、キラキラと太陽に乱反射している。
空をカモメは悠々と飛び、砂浜に散らばる数々の貝の中には、海水が溜まっていた。
しかし、海は輝いているが、光ってはいない。
キャンバスの中に閉じ込められている。
紗波は、しばらくそれを空虚な瞳で見つめた。
感情のない瞳からは、何を考えているかは解らない。
十秒ほど見つめてから、筆を握る手に力を込め、パレットに筆を近づけると__
真っ赤な絵の具で、塗りつぶした。
青い海が、赤く染まる。
真っ赤な海はとどろき、波がぐねぐねとうごめいている。
紗波は椅子から立ち上がると、美術室の冷たい床に寝転び、右腕で無表情の顔を覆った。
(…私は)
長い黒髪からは、微かに石鹸の香りが匂う。
窓や扉を閉め切った美術室の中は、こんもりとしたうだるような暑さで、熱中症にでもなってしまいそうだ。
(…なんで、感情が無い…?)
その時、自身の体がビクリと揺れるのを感じた。