君色キャンバス
紗波が起き上がると、小さく首を傾げてから、扉を見た。
震えは嘘のように止まり、恐怖が消えていく。
(なんで…?)
シュッ、シュッ、と上靴らしきものを床に擦る音は、美術室に近づいている。
この音を聞くと、なぜか、とても心が安らいでいく。
しかし、なぜなのかは紗波には解らず、黙って扉を眺めた。
黒い人影が、扉にはめ込んでいる曇りガラスに映る。
その影は高く、紗波の背よりも五センチメートルは差があった。
「…久岡、居るか?」
__六十六日間、聞かなかった優しい声が懐かしく、紗波は立ち上がった。
「…居る」
扉越しに返事をすると、紗波はゆっくりと歩き、鍵を開けた。
暑い美術室に、爽やかな風が吹く。
青いカーテンがなびき、壁にかけられた紙の絵がはためいた。
その姿を見た瞬間、紗波の心は、自分でも訳が解らないほどの__安心感に包まれた。
その気持ちは、今、祐輝に会った刹那に湧き上がった。