君色キャンバス
祐輝が巻貝の貝殻を耳から離すと、紗波の右手に握らせた。
その貝殻の形は整っており、大きさは六センチメートル位で、表面はツルツルとしている。
「それを耳に当ててみろよ」
祐輝の言うとおり、紗波は右耳に貝殻を当ててみた。
少しだけ湿った貝殻の穴の中から、聞こえてきた音。
…ザー…と、海の音が聞こえる。
「な、すげえだろ?なんか知らねえけど、貝の中から波の音が聞こえるんだ」
海の音と混じって、祐輝の声が貝の中に響いた。
ザー…という海の音は、砂浜に打ち上げる波の音と共鳴する。
白い水飛沫が散る。
「泳げねえし、何かする事もねえな。制服のまま入るのとか、嫌か?」
紗波は耳に貝殻を当てたまま、一言
「…別に良い」
と答えた。
祐輝の顔が明るくなり、青い海の方を見てから、紗波の方を見た。
「早く入ろうぜ」
紗波はそっと貝殻を持った手をおろすと、コクンと頷いてから、靴を脱いで海の方へと歩いた。
貝殻を、ポケットに入れて。
祐輝も白いシャツのまま、海に足を踏み入れた。
崖に日差しが切り取られているため、少し冷たかったが、海水の感触は気持ちが良い。
制服の紺色が、さらに深くなる。
肩まで海に浸かると、紗波は沖へと歩いて行く。
祐輝は紗波に話しかけながら、泳いでいた。
澄んだ海の中に、海藻が生えている。
海から上がったのは、午後、六時。
白いシャツと制服は、ぐっしょりと海水に濡れている。