君色キャンバス
「おい、どうした?大丈夫か?」
いつもは優しいような祐輝の声も、この時は恐怖の対象でしかない。
「…来ないでよ…」
シン、と美術室と白い扉の前が、静かになる。
「…解った」
祐輝の、優しい声が聞こえ、紗波は震える身体をなんとか押さえ、顔を上げた。
「じゃ、明日の朝でも来るな。…久岡。…落ち着けよ」
スタスタと廊下を歩いていく音が耳に入ると、紗波はゆっくりと立ち上がった。
その揺れていた黒曜石の瞳は、どこかの虚空を見つめ、揺れが収まっていく。
海の中のような静けさに包まれた、美術室にあるキャンバス。
端の、僅かな白い部分に目をやり、祐輝の言葉を思い出す。
(…明日の…朝)
すっと青いカーテンに近寄り、その隙間から中庭を覗いてみる。
中庭の端には相変わらず、金木犀が咲いている。
校舎の向こう側の景色に視線を移すと、紅や黄色、緑の美しい紅葉が見えた。
紗波は、制服が汚れるのも構わず床に寝転ぶと、白い天井を見つめた。
__午後、十一時半。
薄暗い教室の中に、カーテンの隙間から漏れる月光が影をつくる。
紗波は眠っている。
そして__呟いた。
「…お父…さん…その…絵、は…」
__夜は更ける。