君色キャンバス
紗波の表情が一瞬、固まった。
「…押し殺してない」
紗波が呟いて、しゃがみ込む。
地面に落ちているカエデを掴み、上に持ち上げた。
「俺には、そう、見えるだけ」
カエデの下には、小さな小さなダンゴムシが二匹__一匹はゆったりと歩き、一匹は驚いて、丸まっている。
「別に…押し殺してなんか…ない」
「…そうか」
紗波が、カエデを再びダンゴムシの上に被せると、立ち上がった。
祐輝はイチョウから目を放し、紗波の方を見る。
紗波は麗しい紅葉の隙間から見える、真っ青な秋空を見つめた。
「これ、いる?」
祐輝が紗波に、形の整った金色のイチョウを差し出した。
紗波はそれを、受け取る。
「…ありがとう」
イチョウからは、あの独特な、なんとも言えない香りがぷうんと漂う。
「それにさ…」
祐輝は、紗波の美しい横顔を見ながら、ポツンと呟いた。
「久岡って…。本当は、すっげえ優しい奴だと思うぜ?」
その言葉に反応し、紗波は鋭く尖った黒曜石のような瞳で、祐輝を見た。
「…なんで?」
「…久岡は、あんなにひでえ事をされても、少しもやり返さない…。俺なら絶対やるのに」
そう言って、苦笑気味に笑う祐輝。
「それに、どっか無意識のうちに、久岡って、他人を思ってるんじゃねえかな」
金色の銀杏や赤い楓、赤茶の椛の隙間から、葉の色に染まった光が差し込む。
「知らねえけど…俺から見れば、久岡は本当は優しいと思うぜ?」
「…」
何も言わず、無言のまま、紗波と祐輝は紅葉の中を歩いて行った。
やがて、日も暮れ、辺りは綺麗な茜色に染まっていく。
祐輝の茶色い髪は、紅葉と馴染んで、サラサラと揺れていた。