君色キャンバス
コン、コンと、朝の音と比べるまでもない優しげなノックが、美術室の扉を通って聞こえ、紗波は目を開いた。
幼い頃から聞き慣れた、穏やかな声が耳に入り、身体をくるめた暗幕から抜け出す。
窓にはめられたガラスを、透明な雫が伝っていくのを見ながら、立ち上がる。
「紗波ー?居る?」
自分自身を温めるように、腕を抱きしめながら扉へと近づいた。
曇りガラスに、少し小さな人影が映り込んでいる。
鍵を開くと、扉の前に立って微笑んでいたのは__小百合だった。
右手に生徒鞄を、二つ持っている。
「…小百合…」
「紗波、一緒に帰らない?」
壁の時計を見れば、短い針は四を指していた。
「…別に、帰らない…し」
うーん、と小百合が腕を組んで苦笑する。
サァサァ、と優しく響く小雨の音。
「…ハハ…やっぱり帰らないよね」
片眉を下げ、困ったように笑ってから、小百合は言った。
「じゃ、ちょっとの間、美術室に居ようかな」
「…別に」
紗波は特に反応せず、キョロキョロと、何かを探している。
小百合がそれを見て、笑顔のまま、楽しそうに言う。
「美術室って、居心地良いのかな、と思って。紗波はいっつも寝てるから…」
紗波はジッと小百合を見つめてから、
「…居心地、良いよ」
とだけ、言った。