君色キャンバス



やがて、三十分も経った頃、紗波は言った。



「…できた…」



小百合が本から視線を移し、顔を上げた。



「本当?見せて!」



__震える手を押さえ、ジッと小百合が絵を見るのを待つ。



(…消したい)



塗りつぶしたい、という衝動に駆り立てられる自分を、叱咤する。



(…せめて、小百合が見るまで…っ)



小百合が近づいてくるのを見ながら、紗波は立ち上がって筆をタンスの上に立てた。



その後ろで__小百合が、息を漏らした声が聞こえた。



「…え?さなみ…?」



小百合が床に座って、本を読んでいる姿が、キャンバスに写っている。



夕方、背景はぼんやりと滲み、雨の降る音が聞こえそうな雰囲気がキャンバスの中に漂っていた。



小百合の、本を読む顔は、無表情。




しかし__小百合の頬が、綺麗な撫子色に、染まっていた。




小百合はただ、驚きを隠せない様子で紗波を見つめていた。



小さな、小さな、感情が、そこに、塗られていた。



「…っ…」



心の中でさざなみが広がっていき、訳の解らないほど、絵を消したく__塗りつぶしたくなる。



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