君色キャンバス
シャッ、と、紗波が絵を描く音が中庭に木霊した。
(…この絵すげえな)
ノートの上を横目に見ながら、亮人はオカズを食べていく。
雲の間から、太陽の光が差し、身体を暖めた。
弁当を半分 食べ終え、亮人が口を開く。
「なぁ…二十分休みの事だけど」
紗波が顔を上げ、鉛筆を動かすのを中断し、亮人の方を見る。
ベンチの隣の花壇で、薄い桃紫色のフジバカマが、ふわりと風に揺れる。
亮人が紗波に聞いた。
「なんで、恋ってモンを知りてえの?」
__一瞬の静寂。
紗波の視線が下がるのが見えた。
「…別に興味はない…けど…」
すぅ、と紗波の無表情の顔が、少しずつ紅に染まっていく。
本人は気づいていないのか、赤い顔で亮人の方を見た。
「…気になるから」
亮人は、わずかに口角を上げた。
「…へぇ。なるほどな」
もぐもぐと口を動かしながら、紗波を眺める。
__紗波は下を向くと、また、絵を描き始めた。
「うーん…俺が考える…“恋”ってのは…多分だけど」
本当に多分だぜ?と何度も念を押して、亮人は校舎を見上げた。
外側の窓から見えるのは、教室前の廊下の様子。
そこから、小さく笑う小百合が__見えたような気がした。
「…恋、ってのはさ」
花壇の側に置かれた鉢の中で、ハートツリーの赤い実が冷たい大気と共鳴する。
「…凄い小さな幸せだと…思うんだ」
紗波の鉛筆が、動きを止めた。